大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

津地方裁判所 昭和46年(わ)36号 判決

主文

被告人石原産業株式会社を罰金八万円に、被告人西村大典を懲役三月及び罰金五万円に、被告人山田務名を懲役三月に、それぞれ処する。

被告人西村において右罰金を完納することができないときは、金二、〇〇〇円を一日に換算した期間同被告人を労役場に留置する。

被告人西村に対し、この裁判確定の日から二年間右懲役刑の執行を猶予する。

被告人山田に対し、この裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用中、証人松本富士夫に支給した分は被告人石原産業株式会社及び被告人西村の連帯負担とし、その余はこれを二分して、その一を被告人石原産業株式会社及び被告人西村の連帯負担とし、その一を被告人石原産業株式会社及び被告人山田の連帯負担とする。

理由

(認定した事実)

第一被告人石原産業株式会社の概況並びに被告人両名の経歴

一被告人石原産業株式会社の概況

被告人石原産業株式会社(以下被告会社という。)は、故石原廣一郎が大正九年にマラヤのスリメダン鉱山の開発を目的として設立した合資会社南洋鉱業公司(本店大阪市)を起源とし、その後、昭和四年に石原産業海運合資会社を設立した後、同一八年石原産業株式会社と社名変更し(以下、これを旧石原産業株式会社という。)、東南アジア及び日本内地における地下資源の開発、海運業、銅製錬並びにこれに関連する化学工業などに事業を拡張し、急速に経営規模を発展させたが、終戦により海外の事業地をすべて失い、経営に一頓挫を来たした。

被告会社は、昭和二四年六月企業再建整備法により同名の新会社(資本金一億二、〇〇〇万円)として発足し、以来、内地鉱山の開発とともに化学部門の拡充につとめながら、次第に事業の重点を化学工業に移し、昭和二九年には酸化チタンの製造を開始し、以後需要の伸長につれて酸化チタンの増産を重ね、国内生産実績の約五〇パーセントを占めるトップメーカーに成長した。この間、資本金も逐次増額され、昭和四二年四月には四五億円となつた。

被告会社は、大阪市西区江戸堀一丁目三番一一号(現在の表示)に本店を置き、事業所として三重県四日市に四日市工場を、同県南牟婁郡紀和町に紀州鉱業所をそれぞれ有し、営業所として東京支社、名古屋支店、福岡・札幌営業所等を配置し、このほか滋賀県草津市に中央研究所がある。総従業員数は約二、五〇〇人(昭和四五年九月三〇日当時)であり、半期の販売実績は約一一〇億円(昭和四四年下半期)である。

被告会社の代表取締役社長は、昭和四五年四月一六日まで創立者の石原廣一郎(同人は会長職も兼務していたので、以下石原会長という。)であつたが、同人の死亡により副社長であつた長男の石原健三が代表取締役社長に就任し、現在に至つている。

二被告人西村大典の経歴

被告人西村大典は、昭和一四年東京帝国大学経済学部を卒業後、旧石原産業株式会社に入社し、以来専らの事務畑を進み、昭和三六年九月には本社経理部長となり、同年一一月取締役に就任した。その後昭和四一年六月本社管理部長となつて年度予算の編成等を担当した後、昭和四二年五月三〇日取締役在任のまま四日市工場長に就任し、昭和四四年七月一日本社社長付となるまで在職した。

三被告人山田務名の経歴

被告人山田務名は、昭和一三年東京帝国大学工学部鉱山冶金学科を卒業後、満州鉱業株式会社に勤務したが、終戦により内地に引き揚げ、昭和二一年一〇月京都大学工学部鉱山学科の講師となつた。同大学講師を退職後、昭和二三年一一月に旧石原産業株式会社に入社し、本社調査課長等を経て昭和三五年五月取締役に就任した。昭和三八年六月から昭和四一年一一月まで四日市工場次長をつとめた後、被告会社の合弁会社オリエンタルテインヌメルターズ(在マレーシア)に出向し、マネージングダイレクターをつとめた。在外勤務中の昭和四三年六月常務取締役に就任し、昭和四四年六月帰国復社した後、同年七月一日常務取締役在任のまま被告人西村の後任として四日市工場長に就任し、昭和四六年三月本社社長付となるまで在職した。

第二被告会社四日市工場の概況

一四日市工場の沿革及び現状

被告会社四日市工場(以下四日市工場という。)は、四日市市石原町一番地にあり、昭和四六年一〇月三〇日当時における立地状況は別紙1「四日市工場立地状況図」のとおりである。

四日市工場は、昭和一三年四日市港の埋立てに着手して用地を造成し、昭和一六年銅製錬工場を主体に操業を開始したが、昭和二〇年の戦災等により甚大な被害を受け、操業中止のやむなきに至つた。しかしながら、終戦後はいち早く硫酸工場、過燐酸石灰工場を再開して復興し、農薬、化成肥料の開発に続いて昭和二九年には酸化チタンの製造を開始し、これらを契機に以後化学工場として大きく発展し、現在に至つている。

本件犯行当時、総面積約七〇万平方メートルの敷地内には主に左記の工場が操業していたが、その中心は酸化チタン部門であり、販売価格により算出した生産実績(昭和四四年度下半期)によれば、同部門が四日市工場全体の約四六パーセント、被告会社全体の約四三パーセントを占めていた。

(酸化チタン部門)

酸化チタン第一、第二工場、チタンイエロー工場

(肥料部門)

化成肥料工場、硫安第一、第二工場、過燐酸石灰工場、燐安工場

(農薬部門)

合成第一、第二、第三工場、粉剤第一、第二工場、粒剤工場、造粒工場(硫酸部門)

濃硫酸A・B系工場、同C系工場、希硫酸工場

二四日市工場の職制

本件犯行当時における四日市工場の組織機構は、別紙2「四日市工場組織図」のとおりである。このうち、チタン部は、チタン生産第一課が酸化チタン第一工場(チタンA工場も含む)における酸化チタンの製造、製造設置の管理、工程管理及び操業に関連する企画業務を、チタン生産第二課が酸化チタン第二工場における右と同様の業務を、技術課が酸化チタンの製品管理及び各種の改良実験の実施をそれぞれ担当し、工場長は、四日市工場の最高責任者として酸化チタンの操業を含めた四日市工場全体の業務を統轄するほか、官公庁に対する届出事務など内規により特に定められた事項及び上司から委任された事項を処理するものとされていた。

第三四日市港及びその周辺の状況

四日市工場は四日市港に面し、工場排水が四日市港内に排出されていたが、四日市港及びその周辺の状況は、別紙3「四日市港周辺図」のとおりである。

四日市港は、朝明川河口左岸突端から一三五度・五、五〇〇メートルの地点まで引いた線、鈴鹿市と橋町の境界海岸(北緯三四度五三分五四秒、東経一三五度三八分三九秒)から九〇度・六、〇〇〇メートルの地点まで引いた線、これらの地点を結んだ線及び陸岸により囲まれた海面並びに朝明川、海蔵川、鹿北川、鈴鹿川及び鈴鹿川各下流橋並びに三滝川大正橋各下流の水面を含む水域が港則法の適用下にあり、しかも、同港は、港則法三条二項にいう「特定港」に指定されていて、四日市工場沖の一定水域が「第一区」として各種船舶のびよう地となり、また旭防波堤北側の一定水域が「第一航路」として雑種船以外の船舶の航路となつている。

そして、四日市港周辺の三重郡川越町町屋川から四日市海蔵川に至る陸岸の地先海域には川越、富州原、富田の三漁業協同組合の共同漁業権(三重共第三号)が、また四日市市海蔵川から鈴鹿市・三重郡境界に至る陸岸の地先海域(但し、東防波堤内の水域を除く。)には四日市、磯津、楠町の三漁業協同組合の共同漁業権(三重共第四号)がそれぞれ設定されており、いずれも第一種ないし第三種の共同漁業を営んでいた。

ところで、昭和四一年三月一〇日経済企画庁告示第二号により、四日市港を含む桑名市の員弁川河口左岸から四日市市を経て安芸郡の中の川左岸に至る陸岸の地先海域並びにこれに流入する公共用水域(「四日市・鈴鹿水域」)が、公共用水域の水質の保全に関する法律(以下水質保全法と略称する。)七条一項に基づく指定水域に指定され、工場又は事業所の排水に対しては、化学的酸素要求量(COD)、浮遊物質量(SS)、石油系油分の三項目について水質規制が実施されていた。

第四酸化チタン製造工程の概略等について

一酸化チタンの性質及び用途

酸化チタンは、チタン白ともいわれる白色顔料で、結晶型によりアナターゼ(A)型とルチル(R)型の二種類に分けられるが、ともに白色顔料に要求される屈折率・隠ぺい力、着色力が優れ、化学的、物理的安定性を兼ね具えているため、需要が高く、塗料、印刷インキ、ゴム製品、製紙、化学繊維等色彩に関するあらゆる分野で広く利用されている。

二酸化チタン製造工程の概略

四日市工場においては、諸外国から輸入したイルメナイト鉱石(これは、五十数パーセントのチタン分のほか、三十数パーセントの鉄、微量のアルミニウム、マンガン等の金属を含有する鉱石で、製鉄原料としても利用される。)を自社製造の硫酸を用いて溶解し、酸化チタンを製造しているが、この方法は「硫酸法」と呼ばれている。

酸化チタンの製造工程の概略は、捌紙4「酸化チタン製造工程略図」のとおり、まずイルメナイト鉱石を乾燥紛砕し、蒸解工程において硫酸(濃度九八パーセント)でこれを溶解してチタニル硫酸(TIOSO4)等となし、静置工程で不要沈澱物(マッド)を除去し、晶折分離工程で余分な鉄分を硫酸第一鉄七水塩として晶出したうえ、母液を濾過濃縮し、加水分解工程において、これを摂氏一〇〇度以上に加熱し、チタニル硫酸をメタチタン酸(TiO(OH)2)と硫酸とに分解させる(その化学反応式は同図記載のA式のとおりである。)。その際シードが添加されるが、シードの種類によりアナターゼ型チタンとルチル型チタンとに分別される。次いで洗浄工程において、後記のとおりメタチタン酸を洗浄し、焼成前処理を行つたのち、焼成工程において、回転焼成炉(カルサイナー)により摂氏八〇〇ないし一、〇〇〇度の高温で焼成してメタチタン酸を酸化チタン(TiO2)とし(その化学反応式は同図記載のB式のとおりである。)、更に同図記載のその余の各工程を通して仕上げを行ない、これを製品化するものである。

三製造に伴う廃酸及び硫酸鉄の発生

「硫酸法」により酸化チタンを製造する場合、加水分解工程で硫酸が再生し、その後の洗浄工程において廃酸(廃酸には、後記のとおり硫酸濃度が一定値以上の濃廃酸とそれ以下の薄廃酸とがあるところ、四日市工場においては、後記「九・三〇運動」を展開するにあたり、濃廃酸をA廃酸、薄廃酸をB廃酸と称して排水処理対策を推進していたことがあるので、以下、便宜その呼称を用いることとする。)として工程外へ排出され、また、チタン原料としてイルメナイト鉱石を使用する場合には、チタンスラッグ(これは、製鉄原料に使用されたイルメナイト鉱石の残滓であるため含有鉄分は微量である。四日市工場でも昭和四一年ころまでこれとイルメナイト鉱石とを併用していた。)と比べて多量の硫酸第一鉄七水塩(以下、特に明記しない限りは硫酸鉄と略称する。)が生成、晶出されるが、これらの副生物をそのまま自然環境のなかに放出するならば、環境を汚染して公害問題を惹起するとともに、利用可能な資源を無駄にすることにもなるので、かかる副生物の有効適切な処理対策が強く要請されるところとなる。

第五酸化チタン第三期合理化計画前の状況

一酸化チタンの製造開始から酸化チタン第三期合理化計画の萠芽まで

被告会社は、昭和二六年に同社取締役会長に復帰した石原会長の発意により、当時四日市工場で月間一万数千トン程度生産されながら、他の化学会社に原料として販売されていた硫酸に着目し、これを自社で利用して新規の化学工業を興すべく研究を進めた結果、多量の硫酸を必要とする酸化チタンを製造することとなり、米国グリデン社の技術協力を得て昭和二九年三月、四日市工場に月産能力五〇〇トン規模の酸化チタンエ場を完成させた。

その後、酸化チタンの需要増加に伴い、昭和三一年に月産二、〇〇〇トン、昭和三五年に同三、〇〇〇トン、更に昭和三九年には同四、〇〇〇トンと逐次生産規模を拡大していつた。

この間、原料としてほぼ同比のチタンスラッグとイルメナイト鉱石とを併用していたが、カナダの製鉄会社のストライキのためチタンスラッグの輸入が停止したことを契機に、安定供給を受ける趣旨からイルメナイト鉱石のみを用いることとし、四日市工場においては、「酸化チタン第一期合理化工事」と称して右原料転換に伴う製造施設の整備を行ない、昭和四一年末これを完了した。

これに引き続き、月産能力を八〇〇トン増強する(但し、昭和四二年八月の能力再査定により五〇〇トン増強に修正される。)ための「酸化チタン第二期合理化工事」が始まつたが、需要の増加が著しくなつてきたことから、昭和四二年末に予定されていた右工事の完成を待つ間もなく、更に増産をはかるための「酸化チタン第三期合理化工事」(以下第三期合理化工事(又は計画)という。)の構想が生まれるに至つた。

二廃酸処理の経緯

四日市工場においては、酸化チタン製造を開始した当初から石灰又は生石灰による廃酸の中和処理を実施していたが、この方法は、中和の過程で膨大な量の石こうが生成し、しかもこれが悪質なもので有効利用する方途がなかつたため、そのまま堆積しなければならず、廃酸処理として不完全なものであつた。そこで、昭和三二年ころから完全な廃酸処理方法を探究した結果、A廃酸をアンモニアで中和して硫安を製造する方法(これは、被告会社独自のもので「石原式硫安法」と称ばれ、「廃酸の工業的利用」という功績により昭和三六年度(第八回)大河内記念技術賞を受賞している。)を開発して、昭和三六年七月に硫安第一工場を建設し、次いで昭和三八年一二月には、当時硫安市況が徐々に悪化していたにもかかわらず、酸化チタン増産に伴うA廃酸を処理するために硫安第二工場を建設し、これにより月間約一一、〇〇〇トンの硫安製造能力を具えて月間約二二、〇〇〇立方メートルのA廃酸を中和処理することが可能となり、酸化チタンの生産が月間四、〇〇〇トン程度にとどまつていた昭和四二年末ころまではA廃酸全量を処理することができた。

「石原式硫安法」の確立によりA廃酸処理問題は一応解決されたので、B廃酸処理がその後の課題となつた。そこで、四日市工場においては、A廃酸及びB廃酸を対象として廃酸濃縮法の検討に着手し、昭和三八年ころには水処理メーカーの大同化工機に実験を依頼するなどしたが、当時の真空蒸発法では、蒸解等に再使用が可能となる濃度六〇パーセントまでの濃縮が極めて困難であつたため、その検討を一時中止した。

他方、硫酸鉄については、昭和四〇年八月ころにその処理設備を完成させた。これは、硫酸第一鉄七水塩をロータリーキルンで乾燥させて硫酸第一鉄一水塩となし、これを硫酸工場培焼炉で硫化鉱(これは本来の硫酸原料である。)と混焼し亜硫酸ガスを発生させて硫酸を製造するというもので、これにより月間約五、〇〇〇トンの硫酸鉄を処理することが可能になつた。このほか、毎月一、〇〇〇トン程度の硫酸鉄が弁柄原料等として外販されていたので「酸化チタン第一期合理化工事」の完了した昭和四一年末までほとんどの硫酸鉄が適切に処理されていた。

三水質規制の実施

昭和三三年に水質保全法及び工場排水等の規制に関する法律(以下工排法と略称する。)が制定されたのち、全国各地の河川が指定水域に指定され、各種の水質基準が設定されたが、ほとんどの水域について水素イオン濃度規制(PH5.8以上8.6以下)が実施されていた。

かかる動向のなかで、前記のとおり昭和四一年三月一〇日「四日市・鈴鹿水域」もその指定を受けるに至つたが、同水域における工場又は事業所からの排水については水素イオン濃度規制が排除された。しかしながら、公共下水道からの排水については同規制(PH5.8以上8.6以下)が実施され、また工場排水についても告示前の段階においては同規制を実施するか否かが論議の対象となり、昭和四〇年四月ころに開催された水質審議会第一二特別部会の現地聴聞会において、肥料業界代表として出席した被告人山田(当時四日市工場次長)は、PH5.0ないし5.8という規制になれば、B廃酸の中和技術が未解決な状況に照らしこれを遵守することは不可能であるとの理由をあげて、同規制の除外を訴えた。

第六第三期合理化工事の実行

一酸化チタン増産の決定

石原会長は、遅くとも昭和四二年四月ころまでに酸化チタンの増産を決意し、四日市工場(当時の工場長は大神正朝であつた。)に増産計画の立案を指示した。これを受けて同工場では、月間五〇〇ないし一、〇〇〇トンの増産を計画していたところ、石原会長は、その後の需要見通しに対応するため月間一、五〇〇〇トンの増産を考えるに至り、昭和四二年五月二三日、入院先の大阪日生病院に副社長石原健三をはじめとして被告人西村(当時本社管理部長)ら在阪取締役を召集し、全員の賛同を得て右増産を決定し、次いで昭和四二年七月一〇日付大管共第一三〇号「酸化チタン第三期合理化工事実施決定の件」(昭和四七年押第六四号の一〇五)により、既に四日市工場長に就任していた被告人西村に対し、その実行を指示した。

二プロジェクトチームの編成〈省略〉

三計画の立案〈省略〉

四工事の経過

1  工事の進捗状況の概要

四日市工場においては、石原会長の厳命にかかる昭和四三年六月末完成の目標を達成するため、前記実行予算の承認に先立ち、被告人西村の決裁のもとに主要機器類が発注され、昭和四二年一一月二一日起工式が行なわれ、その後突貫工事が遂行された結果、昭和四三年六月二〇日に火入れ式(竣工式)を行ない、約一ケ月間の試運転期間を経て予定どおり同年八月一日から本格操業を開始した。

この間の各工場の工事進捗状況を着手から完了までの所要期間をもつて示すと、左記〈省略〉のとおりとなる。

2  特定施設の設置経過

右のような工事の進捗状況のなかにあつて、特定施設一五基の設置経過は左記のとおりである。

(加水分解槽二基関係)

①第二B1工場建屋建築のための杭打開始(これと同時に加水分解槽二基の基礎の杭打も始まる)……四二・一一・二一

②同建屋及び加水分解槽二基のコンクリート基礎の完成……四二・一二・二六(ころ)

③同建屋が機器類搬入の可能な程度にまで完成……四三・二・一五(ころ)

④加水分解槽の据付開始

H―二四―三……四三・二・二〇

H―二四―四……四三・二・二三

⑤同据付工事の完了

H―二四―三……四三・二・二九

H―二四―四……四三・三・一

⑥試運転の開始……四三・六・一三

(ピック槽三基及び洗浄槽七基関係)

①第二B2工場建屋建築のための杭打開始……四二・一一・二五

②ピック槽三基及び洗浄槽七基を含む全一二基のムアータンクを設置する梁の工事開始……四三・一・二六

③同建屋が機器類搬入の可能な程度にまで完成……四三・三・末

④ムアータンク全一二基の据付開始……四三・四・一一

⑤同据付工事の完了……四三・四・一八(ころ)

⑥試運転の開始……四三・六・一六

(ロータリーバキュームフィルター二基及びフィルタープレス一基関係)

①第二D工場建屋建築のための杭打開始(これと同時にロータリーバキュームフィルター二基及びフィルタープレス一基を設置するコンクリート架台の杭打も始まる。)……四二・一二・八

②ロータリーバキュームフィルター二基のコンクリート架台の完成……四三・三・一六(ころ)

③ロータリーバキュームフィルター二基の据付開始……四三・三・二二(ころ)

④同据付工事の完了……四三・四・二〇

⑤フィルタープレス一基のコンクリート架台の完成……四三・五・一九(ころ)

⑥フィルタープレス一基の据付開始……四三・五・二〇(ころ)

⑦同据付工事の完了……四三・五・二三(ころ)

⑧フィルタープレス一基の試運転開始……四三・六・一六

⑨ロータリーバキュームフィルター二基の試運転開始……四三・六・一九(ころ)

五本件特定施設設置の届出の経緯

被告会社においては、四日市工場での工場建設に伴う関係官公庁への届出事務は、本件では特に関与せず、四日市工場長が社長の委任状を得てこれをなすべきものとされ、四日市工場総務課がこれに必要な書類のとりまとめなどを担当していたところ、昭和四一年に「四日市・鈴鹿水域」が指定水域に指定されたのに伴い、当時の大神正朝工場長が工排法五条に基づく特定施設の届出をなした際、これにかかわつたことのある後藤速雄総務課長が、前記起工式を終えてまもなくのころ、本件特定施設を設置するについては事前の届出が必要である旨水島次長らに上申したが、四日市工場幹部は、第三期合理化工事が石原会長特命の突貫工事であるうえ計画の変更が度重なつて遅延していたこともあつて、早期完成を期する余り右上申を容れず、無届のまま本件特定施設の設置に着手し、これを完成させた。

その後、無届出設置が名古屋通商産業局に発覚し、同局の叱責を受けるに至つたため、被告人西村らは、同局担当官に懇請し、本件特定施設について、昭和四三年八月一五日着工、同年九月一五日完成・使用開始とする旨の虚偽の届出書を、同年六月一五日付に遡つて受理してもらうことの了承を得、同年八月二〇日名古屋通商産業局長宛に届出書を提出した。

第七第三期合理化工事により新設された特定施設の機能及び汚水等の排出状況

一加水分解槽について

1 機能

加水分解槽においては、送液されてきたチタニル硫酸が蒸気の熱によつて加水分解され、白い沈澱物様のメタチタン酸が生成するとともに、多量の廃酸が発生する。

このメタチタン酸と廃酸の混合した母液は、加水分解槽下部に接続されたパイプにより第二B1工場内のストレージタンクを経由して第二B2工場の洗浄施設に送られ、同所において後記のとおりメタチタン酸が洗浄される際、廃酸が工程外へ排出される。

2 汚水等の排出状況

加水分解槽下部には、右パイプのほか、チタン幹線排水溝へ導かれるパイプが接続されている。これは、ストレージタンクへのパイプにれんが屑等が詰まつとき、これを取り除くためにまず加水分解槽内の母液を槽外へ排出する場合(その際、右排水溝をせき止め、流出した母液を真空ポンプでストレージタンクに吸い上げることもあるが、そのまま放置されることが多い。)などに使用されるものであつて、これによりメタチタン酸及び廃酸が汚水等として工程外へ排出されることとなる。

二第一次ピック槽、同洗浄槽、第二次ピック槽及び同洗浄槽について

1 機能

各槽は、いずれも第二B2工場内のクレーンにより一時的にムアーリーフ(葉状濾過機)を槽内に潰け、戸外の真空ポンプの働きでムアーリーフを通して槽内の母液又は洗浄用水を吸引する仕組みになつている。

各槽の機能は、まず第一次ピック槽において、真空ポシプの吸引により、第二工場から送液されたメタチタン酸をムアーリーフの濾布に付着させて濾過するとともに、濾布を通過した廃酸をムアーリーフに接続するホースを通して槽外に排出し、次いで第一次洗浄槽において、メタチタン酸の付着したムアーリーフを洗浄用水の入つた槽内に入れ、洗浄用水を真空ポンプで吸引することにより、メタチタン酸に付着する廃酸を洗い落としたうえ、その廃酸の混じつた汚水を槽外に排出し、更に、右のとおり一次洗浄を終えたメタチタン酸を再度洗浄するため、濾布に付着してケーキ状となつたメタチタン酸を再びスラリー(溶液)状にもどしたうえ、これを第二次ピック槽に入れて第一次ピック槽と同様な機構によりメタチタン酸を濾過するとともに、なお廃酸の混入する汚水を槽外へ排出し、最後に第二次洗浄槽において、第一次洗浄槽と同様な機構によりメタチタン酸を洗浄し、その汚水を槽外へ排出するようになつている(別紙6参照)。

2 汚水等の排出状況

右のとおり、各槽は、いずれも槽自体から廃酸の混入する汚水を排出するが、汚水のその後の流出経路は、別紙6「洗浄工程における廃酸の排出状況図(同図記載のセパレーターは、真空ポンプにより吸い上げられたミスト状の汚水から気体を分離してこれを液体にする機械である。)のとおりであつて、第一次ピック槽からの汚水は、A廃酸として廃酸タンクに送液され、第一次洗浄槽からの汚水は、ヘッター(切換えコック)により、比較的初期の時点で排出される硫酸濃度の高いものがA廃酸として廃酸タンクに送液され、その余の硫酸濃度の低いものがA廃酸として直接チタン幹線排水溝に排出される。これと同様に第二次ピック槽からの汚水もB廃酸として右排水溝に排出されるが、第二次洗浄槽からの汚水は、硫酸濃度が一層低くなつているので、第一次洗浄槽に回収されて再び洗浄用水として使用される。

三ロータリーバキュームフィルター及びフィルタープレスについて

1 機能

第二C工場焼成工程で生成された酸化チタンは、第二D工場において、まず粉砕・分級された後、添加剤の作用により製品の用途に応じた表面処理(コーティング)を受けるが、ロータリーバキュームフィルターは、この表面処理を終えた酸化チタンを洗浄して添加剤を洗い落とす機能を有し、フィルタープレスは、右洗浄の機能を補完するとともに、乾燥工程の前処理として、スラリー状の酸化チタンから水分を脱き取る働きを有する。

2 汚水等の排出状況

ロータリーバキュームフィルター及びフィルタープレスのいずれからも、添加剤又は酸化チタンの混入する汚水が排出されるが、これらは浮遊物質量(SS)規制の対象となり、しかも酸化チタンは製品となり得るものであるから、右汚水を第一D工場内のドルシックナー(沈降槽)に送液し、ここで酸化チタンを沈澱させて回収したうえ、その上澄み液を排出溝に排出する。

第八第三期合理化工事に伴う廃酸処理対策の経緯

一第三期合理化工事完成前の廃酸等の排出状況

四日市工場においては、前記のとおり硫安第二工場及び混焼設備の完成以後A廃酸及び硫酸鉄の全量を処理していたところ、その後、酸化チタン第一期合理化工事の完了により硫酸鉄が培増したため、昭和四二年初ころから月間約六、〇〇〇トンの硫酸鉄を排水溝に投棄して四日市港内に排出するようになり、更に酸化チタン第二期合理化工事の完了により、硫安第一、第二工場の処理能力を超えるA廃酸月間二、〇〇〇立方メートル余が発生するようになつた。この間、B廃酸の処理対策は確立されず、何らの中和処理も施されないまま四日市港内に排出され続けた。

このため、第三期合理化工事完成前において既に排水の水質は相当悪化しており、例えば、宮原八束四日市工場動力課長が中心となつて昭和四二年六月、昭和四三年三月ころ二回にわたり、排水量及び水質の実態調査を実施した結果(なお、同課長は、昭和四三年五月ころ、右調査結果をとりまとめて「四日市工場排水調査報告書」を作成し、これを上司に提出している。)によれば、チタン幹線排水溝、旧正門前排水溝ともにPH二ないし三の酸性を呈していた。

二処理対策の検討

第三期合理化工事の完成によりB廃酸が一層増加するほか、A廃酸が月間約三二、〇〇〇立方メートル、硫酸鉄が月間約一六、〇〇〇トン発生することが予想されたので、酸化チタン増産の決定に伴いB廃酸の処理技術を確立するとともに、当時の処理能力を超えるA廃酸月間約一万立方メートル及び硫酸鉄月間約一万トンの処理対策を検討する必要に迫られた。

そこで、四日市工場においては、酸化タンチ増産量が月間一、五〇〇トンにほぼ確定したころから、増産計画の立案と併行して廃酸及び硫酸鉄の処理対策の検討に入り、水島次長が中心となつてこれを進めた結果、A廃酸につては、廃酸濃縮技術が未だ実用化の段階にまで開発されていなかつたことから、硫安製造を日量一〇〇トン増産し(これにより処理できるA廃酸量は月間約五、〇〇〇立方メートルである。)、なおこれにより処理できない余剰分はカーバイトによつて中和処理する方法をとることとし、硫酸鉄については、硫酸工場を増設して硫化鉱との混焼量を増加する計画をたてた。

昭和四二年六月一四日四日市工場に着任した被告人西村は、右処理対策案を受けて、まず硫安増強案を昭和四二年六月、同年一〇月の定時取締役会に二度にわたつて提出し、廃酸処理の緊急性を訴えたが、石原会長は、当時硫安市況が悪化しつつあつたことから硫安増強案を一時保留とし、当面カーバイト滓による中和処理を実施しながら廃酸濃縮方法を継続研究することを指示した。また、被告人西村は、昭和四二年八月に開催された連絡常務会に硫酸工場増設案を提出したが、これも右と同様に採算上の理由から採用されるに至らなかつた。

一方B廃酸については、昭和四二年後半に右官原八束課長が水処理メーカー二社にその処理方法を検討させるなどしたが、その結果は、B廃酸を炭酸カルシウム等で中和し、この過程で生成する沈澱物を除去することまでは技術的に可能であつたが、除去した沈澱物の利用方法が未解決で、しかも除去装置に多額の費用が見込まれるため、結局、四日市工場内における一検討案にとどまつた。

三カーバイト中和の実施

右のとおり暫定的にカーバイト滓によつてA廃酸を中和処理することとなつたが、これは、広大な沈澱池のなかにA廃酸とスラリー状のカーバイトを流し込んで双方の接触により中和反応を生じさせるという原始的なものであり、本来中和反応を促進させるためにはかく拌しながら長時間接触させておく必要があるところ、実際には生成する石こうが障害となつてかく拌装置を稼働させることが著しく困難であつたため、中和処理としては不完全なものであつた。

ともかく、四日市工場においては、第三期合理化工事の完成に備えてカーバイト中和の準備に着手し、昭和四三年七月一日付で本社に対し実行予算申請をなしたうえ、約七〇〇万円の経費で中和沈澱池を整備するとともに、カーバイト滓の手当を行なつた。四日市工場で当量計算(これは、A廃酸とカーバイトが完全に中和反応することを前提とする。)したカーバイト滓の必要量は月間四、九四〇トンであつて、これをすべて他の化学会社から調達しうる見込みがあつたにもかかわらず、被告人西村は、近隣の三菱モンサント化成株式会社四日市工場から毎月三、〇〇〇ないし四、〇〇〇トンを買い入れるだけにとどめ、昭和四三年六月二五日、同社四日市工場長村上鼎との間でその旨の購入契約を締結した。

四排水状況についての警告

第三期合理化工事による酸化チタン新工場の本格操業を間近にひかえた昭和四三年七月七日、中日新聞紙上で四日市港の汚濁問題がとりあげられ、「海上保安部の調査によれば、最も汚濁がひどいのは、塩浜コンビナートが海に張り出した石原町周辺の海域で、海水はいつも赤茶色に濁つたままである」などと報道されたことを契機に、四日市工場は、名古屋通商産業局の事情聴取を受け、同局から廃酸及び硫酸鉄の具体的処理対策の確立を強く要求された(なお、この時に前記特定施設の無届出着工が発覚したものである。)。

また、昭和四三年七月上旬ころには、かねてより四日市工場の地盤沈下問題等の検討を依頼していた元被告会社従業員の土木コンサルタント吉野次郎から、四日市工場長宛に「工場廃水処理対策に関する調査計画」と題する報告書(押号の一四五)が提出されたが、このなかで、同人は、地盤沈下問題に関連して工場排水の状況についてもふれ、「……主としてチタン工場の排水を集めた主排水路二本は水量も多く、酸性汚濁共に著しい。……四日市港海域で実害が発生すれば、公害問題として紛争を起こし、生産に影響を及ぼす可能性がある。現在放流口より三〇〇ないし五〇〇メートルの範囲はPH三程度の酸性液の影響下にあり、沿岸構造物を酸食しているし、汚濁水は一、〇〇〇メートル以上に流出しているようである。」と指摘した。

第九酸化チタン新工場本格操業開始

(昭和四三年八月一日)以後の排水状況

一酸化チタン工場洗浄工程からの廃酸の排出状況

酸化チタン第二B2工場洗浄工程からの廃酸の排出状況は既に述べたところであるが、従来の酸化チタン第一B工場洗浄工程からの廃酸の排出状況も右におけると全く同様であつて、関係洗浄施設からA廃酸又はB廃酸が排出され、その後、A廃酸は一旦廃酸タンクへ集められ、一方のB廃酸は直接チタン幹線排水溝へ棄てられる。

二廃酸の濃度

洗浄工程の進行にしたがつて廃酸の硫酸濃度は次第に低下する。この濃度をあらわすものに、フリー硫酸濃度とトータル硫酸濃度とがあり、いずれも廃酸一リツトル中に含有される硫酸分を、一〇〇パーセント硫酸に換算した重量値で示すものであるが、前者は、他の物質と化学反応をせずに硫酸のままの状態にあるフリー酸(遊離酸ともいう。)の重量値を意味するのに対し、後者は、フリー酸のほか、硫酸が他の物質と化学反応して、例えば硫酸鉄のように硫酸根(SO2)を持つに至つた結合酸をも含んだトータル酸の重量値を意味する。このうち、水素イオン濃度に直接かかわるのがフリー硫酸濃度であるが、結合酸も加水分解を受けると酸性化されるので水素イオン濃度と無関係ではありえない。

四日市工場の操業実績では、トータル硫酸濃度三〇〇グラムパーリットル(この単位は、一リットル中の重量をあらわすもので、以下、これをq/lと表記する。)以上の廃酸がA廃酸とされ、これより低濃度のものがB廃酸とされていた。そして、A廃酸の平均濃度は、トータル硫酸濃度で三七二q/l。フリー硫酸濃度で二七〇q/lであつた。

三廃酸の排出経路

1 四日市工場の排水系統

別紙1「四日市工場立地状況図」のとおり、本件犯行当時四日市工場には六本の排水系統があり、後に説明する旧正門前排水口―第一排水口(第一排水口に導かれているという意味で、本項においては以下同様に表示する。)及びチタン幹線排水溝―第二排水口のほか、PH二ないし三程度の硫酸工場冷却水を排出するP式排水溝―第三水口、A・B系排水溝―第四排水口及びC系排水溝―第五排水口と、PH一〇程度の硅弗化ソーダ冷却水を排出する硅弗化ソーダ排水溝―第六排水口があつた。

一日当たりの排水量は、第一排水口が約七万立方メートル、第二排水口が約一一万立方メートル、第三ないし第六排水口の合計が約一万立方メートルであつて、昭和四三年八月一日から昭和四四年一二月一六日までの間に、第一排水口、第二排水口から排出された各排水量を月別に示すと、別紙7「排水量一覧表」のとおりである。

2 廃酸の排出経路

チタン事務所横の廃酸タンク(容量四五立方メートル)に集められたA廃酸は、イルメナイト鉱石蒸解(但し、昭和四四年八月から実施)や硫安製造に再使用されるものを除いて中和沈澱池に送液され、ここでカーバイトによる中和処理を受けた後(なお、昭和四四年一二月一七日に領置された中和沈澱池排出口の排水は、名古屋市工業研究所(以下名工研という。)の分析結果によればPH0.1であつた。)、旧正門前排水溝を流れて第一排水口から四日市港に排出される。他方B廃酸は、チタン幹線排水溝を流れて第二排水口から四日市港内に排出される。

3 旧正門前排水溝及びチタン幹線排水溝の状況

別紙8「旧正門前排水溝及びチタン幹線排水溝の概況図」のとおり、旧正門前排水溝には、カーバイト中和後のA廃酸のほか、マッド沈澱池廃液(マッド沈澱池は、酸化チタンA工場から送り込まれたマッドを沈澱させ、その上澄み液を排出する施設であつて、昭和四五年三月一三日に押収された右廃液を名工研で分析した結果は、フリー硫酸濃度八〇八〇mq/lであつた。これから後記の算出方法によつてPH値を求めるとPH0.8となる。以下本項においては、名工研の分析によるフリー硫酸濃度と算出PH値を掲記する。)、酸化チタン第二D工場熱交換機冷却水(濃度二、六九〇mq/l、PH1.3)、チタンM工場焼成炉排ガス冷却水等(濃度三七〇ないし二、七〇〇mq/lPH2.1ないし1.3)、酸化チタン第一D工場沈降槽排水等(濃度五〇ないし一、五二〇mq/l、PH3.0ないし1.5)、硫安工場洗浄排水等(名工研の分析結果は存しないが、四日市海上保安部が昭和四四年一二月一七日に実測した結果ではPH7.0ないし4.0であつた。)が主に流入し、他方、チタン幹線排水溝には、B廃酸のほか、酸化チタン第一C工場焼成炉排ガス冷却水等(濃度一八〇ないし四六〇mq/l、PH2.4ないし2.0)、同A工場晶析槽コンデンサー冷却水(フリー硫酸は検出されず)、同工場蒸解槽スクラバー排水(濃度七〇ないし一、一二〇mq/l、PH2.8ないし1.6)、酸化チタン第二C工場焼成炉排ガス冷却水等(濃度四六〇ないし二、二六〇mq/l、PH2.0ないし1.3、)硫酸工場焼槽排水(昭和四四年一二月二五日に領置された同排水を名工研で分析した結果はPH2.0であつた。)が流入するが、かかる排水のほとんどは右分析結果のとおり酸性を呈していた。

四四日市港内に排出された廃酸量の理論的推定

1 推定方法の概要

四日市工場では、担当部署により各種の操業日報が作成されているので、これをもとに廃酸の排出量を推定することが可能となる。

考え方の概要は、A廃酸については、酸化チタン生産量からA廃酸発生量を求めたうえ、これからA廃酸再使用量及びA廃酸中和処理量を控除して海上排出量を算出し、B廃酸については、これが直接チタン幹線排水溝へ排出されていたため、A廃酸のように酸化チタン生産量から直ちに発生量を求めることはできないが、酸化チタン製造に使用される硫酸は、原則として廃酸又は硫酸鉄となつて工程外へ排出されるものであるから、まず硫酸使用を確定したうえ、これから硫酸鉄発生量中の硫酸分及びA廃酸発生量を控除してB廃酸発生量を求め、これから更にB廃酸中和処理量を控除して海上排出量を算出する(この推定方法は、B廃酸発生量の原単位が把握されておらず、また硫酸鉄発生量について操業日報のような確たるデータがないため、A廃酸排出量の推定に比べて多少厳密さに欠けるところはあるが、後記のとおり排水中のフリー硫酸量とPH値との関係は、硫酸量に一〇倍の変化があつてはじめてPH値が1.0変動するにすぎないものであるから、排水のPH値を推定する手段としては十分に合理性をもつものである。)というものである。その計算結果は、別紙9「A廃酸海上排出量の算出経過表」及び別紙10「B廃酸海上排出量の算出経過表」のとおりで、その数値はすべて一〇〇パーセント硫酸換算値を示している。以下に算出経過を説明する。

2 A廃酸海上排出量の算出経過(森田治雄作成の各計算書参照)

(一) A廃酸発生量

酸化チタン生産量は、四日市工場チタン生産第一課作成のチタン操業日報(押号の一八ないし二一)に明らかである。そして、四日市工場の操業実績上、酸化チタン一トンを生産すると、5.4立方メートルのA廃酸が発生し(酸化チタン一トンの生産を基準とする原料の必要量又は排出物量の比率を原単位という。)、うち97.7パーセントが製造工程外へ排出されていることが確定されている。以上をもとに、A廃酸発生量を算出する計算式を求めれば、次のようになる。

チタン生産量×5.4×0.977×0.372=A廃酸発生量(A廃酸のトータル硫酸濃度は372q/lである。)

(二) A廃酸使用量

(1) 硫安製造に費消された量

四日市工場肥料生産課作成の肥料工場関係操業日報(押号の二三、二四、二五、二九)に明らかな硫安・苦土硫安生産量、AN含有比(これは、製品に含まれている実際の窒素量をあらわし、理論AN比との対比により製品の純度、即ち硫安の含有率が決定される。)及びアンモニア収率(これは、実際に使用されたアンモニアのうち製品化されたものの比率をあらわし、製品化される硫酸の比率もこれと同様となる。)をもとに、A廃酸費消量を算出する計算式を求めると、次のようになる。

(2) 蒸解に費消された量

昭和四四年八月からイルメナイト鉱石の蒸解用に費消されていたA廃酸量は、前記チタン操業日報に明らかである。

(三) 中和処理量

(1) カーバイト中和

カーバイト滓の使用量は、四日市工場鉱産係作成のカーバイト滓受入簿(押号の二六)に明らかであつて、硫酸と化学反応するカーバイト滓中の酸化カルシウム(CaO)の含有比率は、名工研の分析結果によれば31.92パーセントとなつている。以上をもとに、中和されるA廃酸量を算出する計算を求めると、次のようになる。

(2) アンモニア水中和

旧正門前排水溝では、昭和四四年一〇月からアンモニア水の放流による中和が実施されていたところ、これに使用したアンモニア水の量は、四日市工場肥料生産課硫安係作成のアンモニア水受払ノート(押号の二七)に明らかであり、硫酸と化学反応する遊離アンモニア(NH4OH)の含有比率は、名工研の分析結果によれば34.2パーセントになつている。以上をもとに、中和されるA廃酸量を算出する計算式を求めると、次のようになる。

(四) 海上排出量

(1) トータル硫酸量

以上のとおり算出されたA廃酸発生量から再使用量及び中和処理量を控除すれば海上排出量が求められる。ただ、これはトータル硫酸量であつて、排水のPH値を推定するためには更にフリー硫酸量を算出する必要がある。

(2) フリー硫酸量

前記のとおりA廃酸のトータル硫酸濃度は三七二q/l、フリー硫酸濃度は二七〇q/lであるから、その比からトータル硫酸中のフリー硫酸量を求めることができる。

ところで、A廃酸の中和処理過程ではまずフリー硫酸が中和されるので、中和処理の前段階でフリー硫酸量を算出し、これから中和処理量を控除する必要がある。したがつて、海上に排出されるフリー硫酸量を求める計算式は次のようになる。

3 B廃酸海上排出量の算出経過

(一) 硫酸使用量

蒸解工程で使用される硫酸量の原単位は、操業実績から4.0と確定されている。したがつて、前記酸化チタン生産量に4.0を乗ずれば硫酸使用量が求められる。

(二) A廃酸及び硫酸鉄となつて排出される硫酸量

廃酸となつて排出されるものとして、まずA廃酸があるが、その発生量については既に述べたところである。

廃酸のほか、晶析・分離工程で発生する硫酸鉄のなかにも硫酸分が含まれている。操業実績上硫酸鉄発生量の原単位は2.8とされ、含有硫酸量は、硫酸鉄と硫酸との分子量比から算出される。したがつて、硫酸鉄中の硫酸量を求める計算式は、次のようになる。

(三) 中和処理量

チタン幹線排水溝においても、昭和四四年一〇月からアンモニア水及び苛性ソーダ水の放流による中和が実施されていたが、その使用量は、四日市工場作成の「安水添加による工場排水中和実験測定結果」表(押号の二八)に明らかで、アンモニア水が昭和四四年一〇月六三トン、同年一一月一八〇トン、同年一二月一〇〇トン(但し、一六日までの分)であり、苛性ソーダ水が昭和四四年一〇月二八トン、同年一一月一一七トン、同年一二月一一七トン(但し、一六日までの分)である。そして、アンモニア水中の遊離アンモニアの含有比率は前記のとおり34.2パーセントであり、苛性ソーダ水中の遊離苛性ソーダの含有比率は、名工研の分析結果によれば49.8パーセントである。以上をもとに、中和処理量を算出する計算式を求めると、次のようになる。

(四) 海上排出量

以上のように算出された硫酸使用量からA廃酸発生量、硫酸鉄中の含有硫酸量及び中和処理量を控除すれば、海上に排出されたB廃酸量が求められるが、これはトータル硫酸量であるので、更にフリー硫酸量を求める必要がある。

A廃酸の場合と同様な考え方により、次のような計算式でフリー硫酸量を算出することができる。

五第一排水口及び及び第二排水口から排出される排水のPH値

1 理論的推定

(一) 水素イオン濃度とPH値

水溶液の水素イオン濃度を示すものとして、通常水素指数PH(ペーハー)が用いられる。PH値は、酸性又はアルカリ性の度合を示す。即ち、PH7.0で中性で、これよりPH値が少なくなるほど酸性が強くなり、PH値が大きくなるほどアルカリ性が強くなる。

(二) フリー硫酸濃度とPH値

学理上、水溶液中の水素イオン濃度が一mol/lのときにPH〇とされ、同濃度が更に一〇分の一減ずるごとにPH値は1.0ずつ上がつていくものとされている。ところで、水溶液中のフリー硫酸は、のように電離するので、水溶液一リツトル中にフリー硫酸が一分子量(九八グラム)含まれているときには、水素イオンが二mol存在する関係にある。したがつて、水素イオン濃度一mol/l・PH〇のときのフリー硫酸濃度は四九q/lとなる。そして、フリー硫酸濃度と水素イオン濃度は正比例の関係にあるので、フリー硫酸濃度4.9q/lのときに水素イオン濃度0.1mol/l・PH1.0で、フリー硫酸濃度0.49q/lのときに水素イオン濃度0.01mol/l、PH2.0となる。

以上の関係から、フリー硫酸濃度Mq/lのときのPH値Xを求める計算式は、

(三) 海水の緩衝作用について

四日市工場の総排水量の七ないし八割は海水であるところ、海水には緩衝作用があるとされている。これは、海水中の炭酸イオンの働きにより、純水と比べて水素イオン濃度、即ちPH値の変化を抑制する作用であつて、例えば、同一量のフリー硫酸を加えた場合、海水溶液は、純水溶液に比べて水素イオン濃度が高くならず、PH値は低下しない。

したがつて、本件廃酸中のフリー硫酸が右海水と直接混合するのであれば、PH値の算出にあたつて緩衝作用の影響を考慮せざるを得ないが、排水中の海水は、各種の冷却用水として使用されるものであつて、前記のとおり関係施設から旧正門前排水溝又はチタン幹線排水溝に排出される時点において、既にPH二前後の酸性状態になつているものであるから、各排水溝において廃酸中のフリー硫酸と混合する時点では右緩衝作用の影響はなく、したがつて、前記のとおり算出したフリー硫酸量から第一排水口及び第二排水口から排出される排水のPH値を求めることができる。

(四) 第一排水口及び第二排水口から排出される排水のPH値

両排水口の排水量、第一排水口から排出されるA廃酸量(フリー硫酸量)及び第二排水口から排出されたB廃酸量(フリー硫酸量)については、既に述べたところであり(別紙7、9、10参照)、右A廃酸量を第一排水口の排水量で割ると、第一排水口から排出された排水(以下第一排水口排水という。)のフリー硫酸濃度(q/l)を算出することができ、また右B廃酸量を第二排水口の排水量で割ると、第二排水口から排出された排水(以下第二排水口排水という。)のフリー硫酸濃度を算出することができる。そして、算出されたフリー硫酸濃度を前記(二)の計算式にあてはめ、常用対数表を用いて計算すれば第一排水口排水及び第二排水口排水の各PH値が求められる。

その計算結果は、別紙11「PH値一覧表」のとおりであつて、昭和四三年八月一日から昭和四四年六月三〇日までの間の平均値及び昭和四四年七月一日から同年一二月一六日までの間の平均値は、いずれも第一排水口排水、第二排水口排水ともにPH2.0以下となつている。

2 実測値

四日市海上保安部は、四日市港の汚濁状況から四日市工場に対する港則法違反等の嫌疑を抱き、昭和四四年一〇月二〇日ころから四日市工場沖の海水を採取し、この分析を名工研へ依頼するなどして捜査を進めていたが、第一排水口及び第二排水口並びにその真近の海上で採取したものの分析結果は、別紙12「第一排水口排水及び第二排水口排水のPH実測結果表」のとおりであり、これにおいても、第一排水口排水及び第二排水口排水は、いずれもPH2.0程度の酸性を呈していた。

3 まとめ

以上のとおり、四日市工場の操業実績に基づくフリー硫酸量から算出した理論的推定値によつても、また排水の実測結果によつても、第一排水口排水及び第二排水口排水はいずれも少くともPH2.0の酸性状態にあつたことが明らかである。

六硫酸鉄の流出

酸化チタン新工場の本格操業後は、別紙10「B廃酸海上排出量の算出経過表」記載のとおり多量の硫酸鉄が発生していたが、混焼に供され、又は外販される量は月間約五〇〇〇トンにすぎず、その余の硫酸鉄は、昭和四四年八月中旬ころに野積みが実施されるまで、ほとんどがチタン幹線排水溝に投棄れて第二排水口から四日市港内に排出されていた。

第一〇四日市港内へ排出された本件排水の拡散希釈状況

一理論的推定(鑑定人西村肇の鑑定結果)

1 本件排水の成層性

第一排水口排水及び第二排水口排水(以下これを本件排水という。)は、三割近く淡水が混入し、しかも排水中の海水は冷却用水として使用されたもので港内の海水よりも温度が高くなつている(なお、その組成がすべて海水である発電所の温排水は、海水と比べて摂氏二度高ければ成層することが確認されている。)ことから、海水とは相当の比重差があり、このため、四日市港内へ排出されても浮いて成層し、薄い層状となつて沖へ流れて行く(一般に、工場排水は一ないし二メートルの層状になると言われている。)。したがつて、本件排水が排水口直下又は真近で海水と混合して希釈することはない。

2 本件排水の拡散希釈状況

(一) 拡散理論

一般に、海域に排出された排水の希釈には、垂直拡散(巻き込み希釈)と水平拡散とがある。前者は、排水層のその下側にある海水を巻き込むことによつて生ずる希釈であり、後者は、潮流その他の原因により排水層が水平面内で運動しながら海水と混ざり合う結果、水平方向に生ずる希釈である。

そして、排水口からの距離に応じて排水の拡散希釈状況をみると、まず排水口から排出されて成層した排水層が下方の海水を巻き込みながら、排水の希釈が進行する(巻き込み希釈の生ずる海域を「連行域」という。)が、まもなく巻き込み希釈がなくなり、海水の移流によって排水層が沖合に流れるようになるため、ほとんど排水の希釈が行なわれなくなる(この海域を「流動域」という。)。しかし、更に排水口から遠ざかると、水平拡散の作用により排水口からの距離とともに希釈が進行するようになる(水平拡散の行なわれる海域を「拡散域」という。)。以上の状況は、当該排水口の排水量をQ(単位はm3/8。一秒間に何立方メートル排出されるかを意味する。)、ある地点での希釈率をN、ある希釈率に到達するに必要な海域の面積、即ち拡がり面積をS(単位はKm。)とし縦軸に1/NQ、横軸にSをとると、別紙13「排水の拡散希釈グラフ」のようにこれを図示することができる。

ところで、連行域は常に存在するものではなく、また存在したとしても、同城における希釈の程度が常に一定しているわけではない。排水の流速、排水量等の違いによって、連行域の状況はさまざまな変化を示すことがあり、それを類型的に図示すると、右グラフ記載のようになる。①'は、連行域は存在せず、排水口からいきなり流動域となつて沖へ流れて行く状況を示し、①''は、排水口の近傍において相当の巻き込み希釈が行なわれている状況を示している。以上のような排水口近傍における連行域の存否を判断するためには、当該排水口におけるリチャードソン数を求めればよく、この排水層の安定度を示すパラメータが1.0よりも小さければ連行域が存在し、1.0よりも大きれば連行域は存在しない。

しかしながら、排水層が以上のような変化を経て排水口から十分離れた拡散域に達すると、それまでの海域における希釈状況の変化にかかわらず、同一の拡散希釈状況を呈するようになる。

この拡散域での希釈状況については、鑑定人西村肇により、多数の実測データの分析の結果、前記Q、N、Sの間に一定の相関関係のあることが確認されており、その実測データを図示した別紙14「拡散城における希釈状況相関図」(以下データ相関図という。)のとおり、Sは、NとQとを掛けたものの逆数の値に反比例する(これを方程式であらわすと、となる。α及び−lは一定の係数である。)。右相関関係は、定説となつている従来の拡散理論(例、コルモゴロフの理論)による解析によって普遍性を有することが証明されているので、右実測データ上の流量、拡がり面積の範囲を超えて適用することが可能である。したがつてNとQの値が与えられれば、データ相関図の読み取り又は前記方程式による計算によつて、Sの値を求めることができる。

(二) 本件排水の拡散希釈状況

PH約二の本件排水を仮にPH四にするためには、緩衝作用のある海水によつても六ないし七倍の希釈が必要とされる。

本件排水の希釈状況を考える場合、第一排水口、第二排水口の直下又は真近の海域において、六ないし七倍の希釈が行なわれるかどうかがまず問題となるが、西村鑑定によれば、各排水口におけるリチャードソン数は1.0に近似した値になるというのであるから、各排水口ともに、連行域は存在しないか、又は存在してもわずかの巻き込み希釈しか行なわれないものと推定される。また、一定の相関関係を示した前記実測データでは、既に拡散域に達した海域で最も排水口に近い地点における希釈率が3.6倍程度にとどまつていることからしても、各排水口の直下又は真近の海域において六ないし七倍の希釈は行なわれないものと推定される。

したがつて、本件排水は、主に拡散域において希釈されていたものと考えられるところ、本件排水がPH四程度に希釈されるに必要な拡がり面積、及び本件排水の拡がり面積が仮に半円だとした場合の半径を、前記データ相関図に基づいて推定すると、左記のとおりとなる。

以上のような理論的解析によれば、PH四以下の酸性海域は、第一排水口沖合一七〇ないし三五〇メートル、第二排水口沖合二二〇ないし四五〇メートルまで拡がつていたことが推定される。

二実測結果

前記のとおり、四日市海上保安部は、昭和四四年一〇月二〇日ころから継続的に、四日市工場沖一帯の海域において海水を採取し、自らがPH試験紙を使用してPH値を実測するとともに、その都度採取したものの一部又は全部を前記名工研へ分析依頼していた。昭和四四年一〇月二〇日から昭和四五年一月三日までの間に採取したものの分析結果は、別紙15「海上PH値実測結果一覧表」のとおりであつて、これを図示すると別紙16「海上PH実測図(1)ないし(13)」のようになり、各排水口の沖合二〇〇ないし三〇〇メートルの海域までPH三以下の酸性状態であつた。

三まとめ

以上のとおり、理論的推定によつても、また実測結果によつても四日市港内に排出された本件排水は、容易に希釈されず、各排水口から相当離れた沖合までPH四以下の酸性状態にあることが明らかである。

第一一本件排水の水産動植物に対する有害性

一酸性水の影響

一般に、海産魚はPH8.0ないし8.3の領域に棲息すると言われている。したがつて、環境のPHが低下して酸性状態になると、魚は生理機能に異常が生ずる。ここで、酸性水の体表粘液に及ぼす影響をみると、体表粘液は、その成分が酸性多糖類であるため、PH五前後になると凝固、沈澱し始め、PHの低下によりその程度は一層激しくなる。凝固した粘液は不活性化し、環境から生体を防禦する機能を失い、体表にバクテリヤが寄生して疾病が生じやすくなり、更には粘液自体が膜状になつて体表を被うため、鰓を含めた呼吸上皮の機能が阻害され、呼吸困難に陥つて斃死に至る。

PHを低下させる酸などの急性毒物による魚類への影響度は、通常、一定時間内の供試魚の半数致死濃度TLmであらわされるところ、海水に順致したヒメダカ(毒性基準を調べるための標準魚とされている。)に対する硫酸の影響について、三重大学水産学部教授窪田三朗が行なつた実験によれば、硫酸濃度五〇PPm(魚の存在下のPHの経時的変動は、当初PH約四であつたが、急激にPHは上昇し、四八時間後にはPH七近くになつた。)のときには、四八時間後においても全供試魚が生存していたが、濃度七五PPm(PHの経時的変動はほとんどなく、終始PH3.5前後であつた。)のときには一二時間で、また濃度一〇〇PPm(PHの経時的変動はなく、終始PH三前後であつた。)のときにはわずか四時間で全供試魚が斃死し、これから四八時間TLmを求めると六二PPmであつた。これと同種の実験結果はこれまでにも多数報告されているが、半数致死濃度は、いずれも右とほぼ同様の数値となつている。

以上のような疾病又は斃死のほか、急性毒物の影響として重要なものが、魚獲高の減少をもたらす魚の逃避である。これの程度をあらわす嫌忌濃度は、低PHの硫酸溶液の場合も他の急性毒物と同様、前記半数致死濃度よりも相当低くなつており、魚は、生理機能に障害が生じる前にまず逃避するものであることを物語る。

二硫酸鉄の影響

第二排水口排水が希釈拡散される過程において、PH四前後の領域から混入している硫酸鉄が次のように酸化、加水分解を受ける。

右のとおりの酸化反応によつて海水中の溶存酸素が消費されるが、第二排水口排水中に少くとも2.5q/lは混入していたと認められる硫酸鉄がすべて酸化されるとした場合の酸素消費量は、前記⑤式のとおり四分子の硫酸鉄と一分子の酸素とが化学反応するのであるから、当量計算により

となる。ところで、正常海水中の溶存酸素量は0.008q/lとされているので、右酸化反応により第二排水口排水量の約九倍の海水量の溶存酸素が消費されることとなる。海水の溶存酸素が減少すれば逐次大気から酸素が補給されるが、酸化反応が始まるPH四までに第二排水口排水が六ないし七倍の希釈しかなされないことからすると、酸化反応による溶存酸素の減少は、水産動植物にとつて影響が大きく、酸欠による斃死をもたらしうる。因みに、四日市市衛生部公害対策課作成の「四日市市における水質汚濁に関する調査成績」(昭和四四年一二月)によれば、四日市工場沖の海域における溶存酸素量の測定結果は、昭和四三年七月から昭和四四年九月までの間、一時間を除き〇ないし一PPmであつた(同文書は、無機物の影響のために異常に低くなつていると指摘する。)。

また、④の加水分解反応によつて、赤かつ色の水素化第二鉄(Fe(OH)3)とともに硫酸が生成されるため、硫酸鉄が混入しない場合に比べて排水の中和が抑制される。

なお、水産大学校研究報告書中、赤築敬一郎の実験結果によれば、硫酸鉄のハゼに対する二四時間TLmは二五PPm、嫌忌濃度は三PPmである。

三第一排水口排水による魚類の棲息実験結果

四日市工場第一排水口前面約二メートルの海域で採取された第一排水口排水による魚類の棲息実験が、昭和四五年四月、三重県農林水産部伊勢湾水産試験場において行なわれた。その方法は、第一排水口排水と対照資料たる正常海水とを三リットルずつ入れた各六個のガラスバットを用意し、これに六種類の海産魚を棲息させてその状況を観察するという簡易なものではあつたが、その結果は、対照資料中では全供試魚が生存していたのに比べ、右排水中では一五分から五二分の間に六種類合計二二尾の全供試魚が斃死し、同排水の魚類に対する有害性が顕著にあらわれたものであつた。

四まとめ

以上のとおり、本件排水は、低PH及び硫酸鉄の影響により魚類の斃死をもたらし、又は魚類を逃避させるおそれのあるものであることが明らかである。

第一二本件排水の船舶機関に対する腐食性

一本件排水の腐食性

1 金属腐食の原理

金属は、金属イオン(陽イオン)と金属イオンとが自由電子(陰イオン)によつて連結されて形成されている。水溶液中の金属の腐食は、酸化剤(例、水素イオン(H+)、溶存酸素(O2)、第二鉄イオン(Fe3+)など)が自由電子を奪い取つて金属結合を破壊するカソード反応と、金属結合から解放された金属イオンが配位子(例、水分子(H2O))、水酸イオン(OH1)、塩素イオン(Cl1)など)と結合して水に溶解して行くアノード反応によつて進行するが、アノード反応では正電気が、カソード反応では負電気が金属から発生し(両電気の絶対値は等しい。)、電流が流れて腐食が進行するので、電気化学腐食と呼ばれる。

ところで、現実には金属は生地のままでは存在し得ず、金属表面には腐食反応によつて生成された金属酸化物等の保護皮膜が存在し、これが環境から金属をしや断して腐食反応を抑制しているが、何らかの原因によつて保護皮膜が溶解又は破壊されると、金属面が露出して電気化学腐食が活発に行なわれるようになる。

2 腐食の環境因子

腐食の重要因子としては、電気化学腐食反応の程度に関係する酸化剤(又は配位子)の濃度、流通及び温度(流通が大きく、温度が高くなるほど活発となる。)並びに保護皮膜の破壊をもたらす浮遊粒子(例、ごみ、気泡、土砂など)及び変形のほか、溶液のPHがある。これは、腐食因子として最も重要なもので、PHの低下によつて保護皮膜が溶解されるとともに、酸化剤である水素イオンの供給によつて電気化学腐食が著しく促進される。

3 PHの低下と各種金属の腐食度

(一) 軟鋼

流速の程度にかかわらず、PH四以下の酸性状態になると、軟鋼の腐食性は急激に増加し、PH七ないし八における腐食性と比べて桁違いに大きくなる。例えば、エッチ・エッチ・ユーリック編「腐食ハンドブック(以下「ハンドブック」という。)によると、正常海水の場合、静水のときに約0.15mm/y(この単位は、一年間に何ミリメートル腐食されるかを意味する。)。流速一m/Sのときに約0.4mm/y、同二m/Sのときに約0.6mm/yの腐食度があるとされている。これに比べ、PH三の酸性流動水の場合には、鑑定人下平三郎らの実験例によると、流速一m/Sのときに約七mm/y、同二m/Sのときに約一三mm/y、同三m/Sのときに約一八mm/yであり(PH四の場合にもほぼ同様の腐食度を示している。)、正常海水中の腐食度の一八ないし二二倍となつている。

(二) 銅及び銅合金

銅や、黄銅、砲金、りん青銅などの銅合金は、正常海水中では非常に耐食性があり、例えば、一九七六年に公表された米国海軍研究所の実験データによると、流速0.3m/S以下の正常海水中の腐食度は、銅及びりん青銅が0.03mm/y、砲金が0.02mm/y程度にすぎない。また酸性水溶液に対する耐食性も軟銅に比べて格段に優れているが、PH四以下になると保護皮膜が溶解されて腐食が著しくなる傾向は、軟銅と全く同様である。鑑定人らの実験例によると、硫酸溶液がPH三のときの黄銅の腐食度はPH五のときの腐食度の約六倍であり、また汚染海水(硫化水素を含み、溶存酸素濃度が極めて低いPH七前後の海水をいう。)を使用した実験例においても、PH三のときの黄銅の腐食度はPH八の約一〇倍となつている。銅又はその他の銅合金もこれとほぼ同様な傾向を示す。

ところで、銅及び銅合金に対しては、同PHの酸であつても、塩酸の方が硫酸に比べてはるかに腐食性が強い。これは、塩酸水溶液中に存在する塩化物イオン(例、Ol-など)が、強烈な配位子となつてアノード反応を促進させるとともに、保護皮膜を溶解させる作用をもつからである。本件排水は、海上に排出されると、海中に多量に存在する塩化物イオンの影響を受けて同PHの塩酸と同程度か又はそれ以上の腐食力を発揮することとなる(但し、本件排水の大部分は海水であるから、それ自体でも多量の塩化物イオンを含んでいる。)。例えば、砲金の場合鑑定人らの実験例によると、PH三の硫酸水溶液中の腐食度は静水で約0.13mm/y、流速一m/Sのときに約0.21mm/yである(PH四の場合でもこれとほとんど差はない。)ところ、「ハンドブック」等によれば塩酸の腐食力は硫酸の一〇ないし六〇倍とされているので、PH三の硫酸酸性海水中の腐食度は、静水で1.3ないし7.8mm/y、流速一m/Sのときに2.1ないし12.6mm/yであると推定される。正常海水中での腐食度と比較すると、六五ないし三九〇倍となる。

4 保護皮膜の重要性、

エム・プリーエによれば、PH三ないし四における銅の保護皮膜の溶解度は、PH七ないし八のときの一千万ないし一億倍であるとされていることからして、PH四以下の酸性海水中においては極めて短期間のうちに金属の保護皮膜が溶解されるものと推定されるが、一旦保護皮膜が溶解されると、その後環境が正常海水になつても容易に保護皮膜が回復することはなく、金属は生地のままで活発な電気化学腐食を受けるようになる。正常海水中には溶存酸素及び塩化物イオンが十分に存在しているため、保護皮膜のある状態と比べて著しく腐食が進行する。

5 腐食の特殊形態

電気化学腐食においては、通常アノードとカソード(アノード反応、カソード反応の生ずる場所をいう。)は無数に存在し、これが均一に分布している場合には、金属は全面的かつ均一に腐食される。これを均一腐食と呼び、これまでの記述はこれを前提にしたものであるが、金属の腐食には、均一腐食のほか、次のような特殊形態の腐食が存在する。かかる腐食においては、それぞれ特有の生成要因があるものの、均一腐食と同様に電気化学腐食も常に進行しているわけであるから、前記のようなPHの影響が強く出現し、これによつて特殊形態の腐食性が著しく増幅される結果となる。

① 孔食

乱流などによつて保護皮膜の一部が破壊されると、そこがアノードとなり、他の広い部分がカソードになつて、アノード電流密度がカソード電流密度に比べて非常に大きくなるため、金属は局部的かつ深い孔状に腐食されるようになる。このような機構で生成される腐食形態を孔食といい、その腐食の程度は、均一腐食度との比、即ち孔食係数であらわされる。この孔食係数は、金属の種類、環境によつて異なるが、「ハンドブック」等によると、正常海水中での孔食係数は、軟鋼が平均値で四であり、銅及び銅合金が二ないし一〇である(なお、前記米国海軍研究所の実験データによれば、銅及び銅合金の平均孔食係数は、一年間の場合に一一、八年間の場合に5.7であり、砲金の孔食係数は、一年間の場合に20.5、八年間の場合に5.3である。)。

したがつて、砲金の孔食係数を右の平均値をとつて六とすると、PH三・流速一m/Sの海水中の孔食腐食度は12.6ないし75.6mm/yとなる(前記3・(二)を参照)。因みに、汚染海水よにる砲金の実験例では、流速1.5ないし2.0m/Sのときに0.15ないし0.22mm/yであり、右酸性海水中の均一腐食度と比較しても、九分の一ないし八〇分の一にすぎない。これは、孔食機構そのものよりもPHの影響が一層大きいことを意味している。

② ガルバニック腐食

これは、異種の金属を接触させた場合に生じる腐食現象であり、例えば、金属Aに対してカソード(酸化剤)として働く金属Bを金属Aに接続した場合、金属Aのみがアノードとなつて腐食が促進され、逆に金属Bは腐食が抑制される形態をいう。金属Aと金属Bとの関係をガルバニー電位系列といい、数多くの金属の間でその順位が確定されている。この腐食の要因としては、アノードとカソードとの面積比が重要とされ、例えば同面積の金属が接続している場合には、アノードとなる金属の腐食度は均一腐食度の1.5ないし二倍になる。

③ エロージョン腐食

水溶液中に土砂、金属化合物粒子などが浮遊している場合には、流速によつて浮遊固体粒子が金属に衝突し、その機械的作用によつて摩耗が生じる。電気化学腐食に右のような機械的摩耗も加わつて腐食される形態をエロージョン腐食という。その腐食の程度は、孔食とほぼ等しいとされている。

6 まとめ

以上のとおり、本件排水は極めて腐食力の強いものであり、本件排水の継続的な排出により、各排水口から相当離れた沖合一帯に、常時、正常海水の数十倍ないし数百倍の腐食力をもつPH二ないし四の酸性海域を形成し、同所を航行する船舶機関に著しい腐食被害をもたらすおそれを生ぜしめる。

二船舶機関の構造

船舶は、冷却水ポンプでくみ上げた海水によつて内燃機関の冷却を行なう。平水区域を航行する小型タンカー(平水タンカーと呼ばれている。)における冷却水の通水状況は、おおよそ

(取水口)→(冷却水ポンプ)→(オイルクーラー)→(機関冷却部)→(吐出口)となつていて、この間銅製の冷却水パイプが配管されているが、腐食力の強い本件排水の影響により右冷却装置が腐食されると、例えば、冷却水ポンプにあつては、弁、弁座等の部品(砲金製、但しスプンリグはりん青銅製。)が摩耗して機関への排水能力が低下・消失し、オイルクーラーにあつては、銅製の冷却水管に破孔が生じ、潤滑油に海水が混入してその効用が減殺され、更に機関冷却部・シリンダー排気弁箱(鋳鉄製)においては、破孔による漏水のために弁が焼きついて稼働しなくなるなど、いずれの場合にも機関停止の事態に至る可能性が強い。

第一三被告人西村在任時の工場排水をめぐる諸情勢及び廃酸処理対策の経緯

一カーバイト中和の実施状況

四日市工場においては、酸化チタン新工場が本格操業を開始した当初から、一応カーバイト滓によるA廃酸の中和処理が行なわれていたが、カーバイト滓をスラリー化して中和沈澱池に送液する作業は、わずか二名の作業員により午前八時から午後四時までの一シフト制で実施されただけで、しかも、これに使用したカーバイト滓の量は、前記三菱モンサント化成との購入契約にかかわらず、月間一、〇〇〇トン未満にとどまつていた。

被告人西村の在任中は、他の処理方法は全く実施されたことがなく、前記のとおり多量の廃酸及び硫酸鉄が四日市港内に排出され続けた。

二工場排水をめぐる諸事情

1 新聞報道

昭和四三年七月七日付の中日新聞の報道に続いて、同月下旬から同年九月上旬ころにかけて数回にわたり、各新聞紙上で四日市港の汚濁問題が取り上げられ、異臭魚問題のほかに、無酸素範囲が拡大して魚介類への影響が大きくなつていること、海水汚濁のため船舶の腐食防止用亜鉛板の腐食が甚だしいことなど、四日市工場の排水処理対策を批難するような記事が掲載されたが、四日市工場においては、報道された事実の有無を確認するための調査等は全く行なわれなかつた。

2 漁業組合関係者からの苦情

以前から見られていた四日市工場から排出された赤かつ色の汚濁水が、酸化チタン新工場操業開始後更に汚濁の度を増し、潮流により北は午起埋立地から南は磯津沖まで認められるようになつたため、磯津漁業協同組合組合長今村庄は、昭和四三年九月二五日、四日市工場に対し、磯津海域の汚濁状況が最近の数ケ月特に著しくなつていることを訴え、その具体的解決策の提示を強く要望した。

その後四日市市長からも同旨の申入れ(押号の一五六参照)があつたので、被告人西村は、昭和四三年一一月二二日、今村組合長に対し、廃酸処理のために硫安増強計画に着手していることを説明するとともに、これが完成するまでの一年間は暫定的な中和処理を可能な限り実行する旨約束した(その際、磯津南海岸のり養殖等付近の実情を視察し、四日市工場の排水が赤かつ色を呈しながら海岸一帯を帯状に流れている状況を現認している。)。

しかしながら、カーバイト中和が強化されることはなく、以前と同様の汚濁状況が続いていたところ、昭和四四年三月八日には、北勢地区五漁業組合(磯津、四日市、富田、富州原、楠)代表今村庄、藤村才吉、小川保らが四日市工場を訪れ、最近の汚水のために、のり、貝類の養殖に甚大な損害を被り、一般漁撈も水揚げ量が激減している旨訴えるとともに、排水処理計画が実現するまでの間の物質的、精神的損害の補償を要求するに至つた。そして、右補償問題について交渉が重ねられた結果、被告会社は、前記五組合に対して合計二〇〇万円を補償することとなり、取締役会のりん議可決を得て昭和四四年五月に内金一〇〇万円を支払つた(残金は同年一〇月末に支払われている。)。

3 公的機関の警告

漁業関係者の苦情と併行して、昭和四三年九月末には、三重県公害センターから、四日市工場の排水が鈴鹿市沖を赤かつ色を呈しながら流出している旨の警告を受け、また四日市海上保安部及び四日市港管理組合からも海水の汚濁を指摘された。更には同年一〇月末には四日市市長から「公害防止対策の推進について」と題する要望書(押号の一五六参照)を受け、有効適切な排水処理設置の整備を要求された。

4 本社への報告

以上のような苦情又は警告に接した被告人西村は、昭和四三年九月二八日付四総大四六四号「工場を取巻く汚水問題の概況に就いて」((押号の一四九)、同年一〇月二八日付四総大五三一号「公害防止対策推進につき四日市市より申入れの件」(押号の一五六)、同年一二月五日付四総大六一三号「海水汚濁問題について」(押号の一四八)、昭和四四年三月一二日付四総大七八三号報告書(押号の一四七)等の文書で、本社に対し、本格操業前から見受けられていた新聞報道や名古屋通商産業局の動向を含む四囲の諸情勢を逐一報告するとともに、早期に排水処理対策を確立する必要のあることを上申した。

三廃酸処理対策の検討

以上のような諸情勢に当面して、昭和四三年一一月二〇日被告会社本社において開発会議が開催され、A廃酸及び硫酸鉄の処理について恒久的対策が検討された。そして、四日市工場から、かつて一時保留されていた硫安増強案を修正した日量八〇トン増強計画が提案され、ようやく昭和四四年三月二八日開催の定時取締役会においては一度は承認されたものの、同年五月三〇日開催の定時取締役会において、硫安市況の前途に拡販を期し難い要素があるとして、専ら採算上の理由から右承認が覆されて全面中止とされるに至つた。取締役の一員としてこれに列席していた被告人西村から、右決定に対して異見の出ることはなかつた。

ところで、四日市工場では、昭和四三年四月ころから廃酸濃縮の検討を再開し、八幡化工機に技術照会して実験を試みた結果、再使用濃度まで濃縮しうる見通しを得たので、実用化に向け中間プラント実験を実施し操業条件等を把握するため、昭和四三年八月二一日付四管大一六三号(押号の一三六)をもつて本社にその旨の実行予算を申請し、中間プラント実験に着手した。しかし、被告人西村の在任中には廃酸濃縮の本プラント建設計画の立案までには至らず、またB廃酸の処理については何らの検討もなされなかつた。

他方、硫酸鉄の処理対策として、かねてより苛性ソーダ中和による中性無水芒硝の製造が一試案として検討されていたが、工場排水に対する批難が高まるにつれてようやくこれが具体化され、昭和四四年四月開催の定時取締役会でほぼ了承されるに至つた。この芒硝製造計画は、被告会社、東洋曹達株式会社、三協化学株式会社の三社出資による新会社を設立し、四日市工場で副生する硫酸鉄月間六、〇〇〇トンを、東洋曹達が供給する苛性ソーダで中和処理して月間三、〇〇〇トンの中性無水芒硝を製造し、これを三協化成が販売するというもので、その後昭和四四年六月一三日には新会社四日市ケミカル株式会社の創立総会が開催され、製造工場は四日市工場内に建設されることとなつた。

第一四被告人山田在任時の工場排水をめぐる諸情勢及び廃酸処理対策の経緯

一日本アエロジル事件の発生

被告人山田は、昭和四四年七月一日四日市工場に着任し、同月九日ころまでの間に事務引継ぎを受け、その際被告人西村から、懸案となつていた廃酸処理対策の現状、漁業組合との交渉経過のほか、四日市海上保安部から指摘された酸性海水による船舶腐食の危険性について説明を受けたにもかかわらず、その後、特に新たな廃酸処理対策を講ずることはなかつたところ、同年八月中旬ころ、四日市工場に近接する日本アエロジル株式会社四日市工場が塩酸排水を四日市港内に排出したときの港則法違反等の嫌疑で四日市海上保安部に検挙されたことを知り、廃酸処理対策の緊急性を再認識するに至つた。

そこで、被告人山田は、昭和四四年九月上旬に四日市工場内に公害対策委員会を設置して廃酸処理対策を検討させ、とりあえず硫酸鉄の野積みを実施するとともに、同月中旬から四日市工場沖の汚染状況を把握するため海上のPH値を実測した。

この間、四日市工場においては、かねて検討中であつた廃酸濃縮工場建設(月間約六、〇〇〇立方メートルを処理)の実行計画をとりまとめ、昭和四四年八月二六日付四管大一七六号をもつて本社に予算申請をしたが、本社は、建設資金の不足等を理由にこれを一時保留とし、暫定的な代案として海洋投棄を提示してきた。

かかる四日市工場の動向と併行して、昭和四四年九月二九日、本社において、苗村治一常務を長とする公害対策委員会(第一回)が開催され、その席上、被告人山田は、四日市工場大西次長が編集した「四日市工場排水規制の現況と対策」と題する書面(押号の一五四)に基づき、四日市工場の排水に対する各方面からの批難の現状を説明し、その処理対策の必要性を強調しながら、なお当面の処理対策としては本社の方針に従い海洋投棄等の暫定案を支持するにとどまつた。

二官庁情勢の激化

被告人山田は、昭和四四年九月下旬ころから二回にわたり通商産業省を訪れ、廃酸処理対策の現状を説明して行政指導を仰いだが、その際、当局から、昭和四五年度中にはPH規制を実施するとの方針を示され、処理対策の早期推進を要請された。また、同年一〇月二日には、四日市海上保安部から、濃い酸は海水中でも中和され難く、PH四以下の酸性状態になれば船舶腐食が激しくなることを指摘され、更にそのころ、三重県知事から、「公共用の水質の保全について」と題する書面(押号の一一三)により、恒久的対策を含めた工場排水処理計画案の作成、提出を命ぜられた。

かかる官庁情勢の激化に対応して、四日市工場においては、昭和四四年一〇月一一日から旧正門前排水及びチタン幹線排水溝でアンモニア水又は苛性ソーダ水による中和作業を実施し(但し、日祭日を除く日中に四時間程度行なわれたにすぎなかつた。)、同月末には、「公害対策基本方針」(押号の一三四参照)をとりまとめ、四日市港内の航路に達するまでの海域をPH四以上とすることを当面の目標として暫定策を強化し、B廃酸の処理対策も改めて検討することとした。

一方、本社においても昭和四四年一一月六日に第三回公害対策委員会を開催し、一時保留となつていた廃酸濃縮案及び硫安増強案の実施を決定し、同月八日石原会長の了承を得て、同年一二月二日付大開四・五三三号(押号の一二七)により四日市工場に対し、硫安工場増設の決定通知をした(なお、廃酸濃縮工場建設については、同月末ころに決定通知がなされている。)

この間、四日市工場においては、ようやく昭和四四年一二月一日から、カーバイト滓購入量を月間約五、〇〇〇トンに増し、三シフト制による一日二四時間の中和作業を実施するようになつたが、同月一七日四日市海上保安部による強制捜査を受けるに至つた。

三「九・三〇運動」の展開

昭和四五年三月二三日経済企画庁告示第七号により、「四日市・鈴鹿水域」に流入する工場排水についても水素イオン濃度項目(規制値PH5.0以上9.0以下)が追加され、同規制は同年一〇月一日から施行されることとなつた。

四日市工場においては、右規制基準に適合する排水処理体制を整備するため、従来の検討案にB廃酸中和計画(B廃酸を炭酸カルシウムで中和処理し、利用可能な石こうを製造するというもの。)等を加えた総合排水処理計画をたてたうえ、右施行日までの完成に向けて四日市工場の総力を結集した「九・三〇運動」を展開し、約二四億円の資金を投じた結果、同年五月に操業を始めた芒硝工場をはじめとして、同年九月末までに廃酸濃縮工場(その後の変更により、A廃酸月間約一二、〇〇〇立方メートルを処理するものとした。)、廃酸中和工場(B廃酸全量を処理)、最終中和調整地(排水溝の最終段階に設置されて、排水のPH値を一定値に自動調整する施設)等の諸設備を完成させ(なお、硫安新工場は同年一一月に完成)、これにより全排水をPH六程度の中性域に抑えることが可能となつた。

(罪となるべき事実)

被告人石原産業株式会社は、三重県四日市市石原町一番地に酸化チタン等を製造する四日市工場を有し、酸化チタン等の製造、販売を業とするもの、被告人西村大典は、昭和四二年五月三〇日から昭和四四年六月三〇日まで右四日市工場の工場長として同工場の業務全般を統轄していたもの、被告人山田務名は、昭和四四年七月一日から昭和四六年三月まで右四日市工場の工場長として、同工場の業務全般を統轄していたものであるが、

第一  被告人西村は、被告会社の業務に関し、別表「無届出設備の特定施設一覧表」記載のとおり、昭和四三年二月二〇日から同年五月二〇日ころまでの間、工場排水等の規制に関する法律の定める特定施設である酸化チタン製造施設のうち加水分解施設二基及び酸化チタンの洗浄施設一三基を四日市工場酸化チタン第二工場内に設置するにあたり、いずれもあらかじめ所定の事項を通商産業大臣に届け出ず

第二  四日市工場の酸化チタン製造工程中に生ずる廃酸等の混入するPH約二の工場排水が、三重県漁業調整規則により遺棄を禁止されている水産動植物に有害なものであり、かつ、港則法により捨てることを禁止されている廃物であるにもかかわらず

別表

無届出設置の特定施設一覧表

機器の名称及び番号

特定施設の種類

設置年月日

設置場所

1

加水分解槽

H二四―三

加水分解施設

四三・二・二〇

第二B1工場

2

同右

H二四―四

同右

四三・二・二三

同右

3

第一次ピック槽

W〇三―二

洗浄施設

四三・四・一一

第二B2工場

4

同右

W〇三―三

同右

同右

同右

5

第一次洗浄槽

W〇三―四

同右

同右

同右

6

同右

W〇三―五

同右

同右

同右

7

同右

W〇三―六

同右

同右

同右

8

第二次ピック槽

W一九―一

同右

同右

同右

9

第二次洗浄槽

W一九―二

同右

同右

同右

10

同右

W一九―三

同右

同右

同右

11

同右

W一九―四

同右

同右

同右

12

同右

W一九―五

同右

同右

同右

13

ロータリー

バキユームフイルター

F四一

同右

四三・三・二二(ころ)

第二D工場

14

ロータリー

バキユームフイルター

F四二

同右

同右

同右

15

フイルタープレス

F五二

同右

四三・五・二〇(ころ)

同右

一  被告人西村は、被告会社の業務に関し、昭和四三年八月一日から昭和四四年六月三〇日までの間、右工場排水合計六、〇〇〇万立方メートル余(日量約一八万立方メートル)を四日市工場第一排水口及び第二排水口から四日市港内に排出し

二  被告人山田は、被告会社の業務に関し、昭和四四年七月一日から同年一二月一六日までの間、右工場排水合計三、〇〇〇万立方メートル余(日量約一八万立方メートル)を四日市工場第一排水口及び第二排水口から四日市港内に排出し

たものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(補足説明)

一判示第二の犯行における被告人両名の故意について

1  被告人両名は、いずれも当公判廷において、判示第二の犯行について故意を否認し、「「四日市・鈴鹿水域」には元来PH規制がないばかりか、四日市工場においては余剰A廃酸をカーバイト滓によつて中和処理していたところであり、しかも、本件排水は、その比重が港内の海水と近似しているため、港内に排出されると直ちに拡散を受けて中和され、実際にも具体的な被害例に接したことが全くなかつたのであるから、本件排水の排出によつて水産動植物に悪影響を与え、船舶の腐食をもたらすものとは到底認識しえなかつた。」旨供述し、更に被告人西村は、これに付加して「自分は事務畑の出身で科学的知識に欠けていたため、本件排水の性質をほとんど理解していなかつた。」旨弁解する。

2  そこで、まず被告人西村の故意について検討するに、前掲関係各証拠によれば、

① 判示第二の犯行以前既に全国各地の指定水域においてPH規制(PH5.8以上8.6以下)が実施され、また「四日市・鈴鹿水域」における水質基準の設定にあたつてもPH規制の有無が論議の対象となつたこと、四日市工場では判示第二の犯行以前から規制項目である浮遊物質量(SS)のほかにPH値の測定も定期的に行なわれていることなどからすると、水質問題に深くかかわる被告会社又は四日市工場の関係者の間では、水質規制の対象となりうるという意味での酸性排水の害悪性は、十分に認識していたと推認されること

② 酸性排水の害悪性の所以は、まずもつて水中生物に対する有害性であり、金属又はコンクリートに対する腐食性であることは一般常識に属する事柄であること

③ それ故にこそ、四日市工場においては、酸化チタン製造開始当初から生石灰等による廃酸の中和処理を実施し、昭和三六年から同三八年にかけて硫安工場を建設したほか、廃酸濃縮等の技術研究を重ねてきたこと

④ 被告人西村は、事務畑の出身ではあるが、技術面での補佐役たる水島次長らの技術者を身近にひかえ、定期的に開かれる生産会議において水質測定結果の報告を受けたこともあり、また、本社に対し廃酸処理計画案を提起し、工場排水をめぐる諸情勢を報告する際には、まず四日市工場内で検討会をもち、概略的にせよ技術的な証明を徴したうえ、自らの名義で連絡文書を作成していたこと

⑤ 被告人西村は、着任後まもなくの間に、酸化チタン第三期合理化計画に併行して立案されたA廃酸処理のための硫安工場増強計画及び硫酸鉄処理のための硫酸工場増強計画を取締役会又は連絡常務会に提起し、これが保留となつた後には、四日市工場チタン生産第一課から「排水規制、公害対策上廃酸の処理は是非必要である」(押号の一三八参照)との具申を受けて、それが廃酸処理方法として不十分なものであることを知りながらも、暫定的にカーバイト滓によつて中和処理することとし、第三期合理化工事後の余剰廃酸量並びにカーバイト滓必要量及び手当見込を明記した実行予算申請書(押号の一四一)を本社に提出していること

⑥ 被告人西村は、酸化チタン新工場の本格操業を間近にひかえたころ、四日市工場動力課長宮原八束から、本件排水が排水口岸壁又は船舶を侵害するおそれのあることの上申を受け、また、土木コンサルタント吉野次郎からも、判示のとおり工場沖の海域が酸性下にあつて沿岸構造物を酸食している旨の報告を受けていること

⑦ 本格操業開始の前後にかけて、四日市港内の汚濁問題がさかんに新聞報道され、なかには船舶の防食亜鉛板の腐食を伝えるものもあつたこと

⑧ 新聞報道を契機に名古屋通産省から事情聴取を受け、廃酸及び硫酸鉄の具体的処理対策の確立を要望されたが、このことは、樋口通夫総務部長又は後藤速雄総務課長から被告人西村に報告されていること

⑨ 被告人西村は、廃酸処理のためのカーバイト滓の実際の使用量が前記必要量を大きく下回つていたことを認識していること

⑩ 昭和四三年九月末ころから漁業組合関係者の苦情を受けるようになり、のり、貝類の養殖に甚大な被害が生じ、一般漁撈も水揚げが激減している旨の訴えに対し、四日市工場は、被告人西村も立会のうえで廃酸処理計画を説明して完成までの猶予を乞い、昭和四四年五月には北勢五漁業組合に対し合計二〇〇万円の見舞金の支払いを余儀なくされたこと

⑪ 右に関連して、被告人西村は、四日市市長から昭和四三年一〇月二四日付「公害防止対策の推進について」と題する書面(押号の一五六)により「貴工場の廃水によると考えられる海域汚濁が、沿岸漁業に影響を与えているとして、磯津地区の漁民感情を刺激している事実に鑑み、貴工場におかれては速やかに公害防止について格段のご推進をたまわりたい」旨の要望を受けていること

⑫ 被告人西村は、ふだんから本件排水が四日市工場沖を白色から赤かつ色へと変化しながら流出してゆく状況を現認しており、昭和四三年一一月二二日には、磯津漁業組合長及び三重県公害センターの指摘を受けて、磯津南海岸沖一帯を本件排水が赤かつ色を呈して流れる実情を視察していること

⑬ 被告人西村は、本格操業開始後一段と激しくなつた本件排水をめぐる諸情勢を逐一本社に報告し、「公害対策の機運が盛り上がつており、汚水処理に関する限り、このまま放置することは許されない段階に来ていると判断される」(押号の一四九参照)として廃酸処理対策の早期実現を強く要請し、その結果、昭和四四年三月二八日開催の取締役会において、石原健三開発部長(当時)から「販売面の見透し及び採算性予測に極めてきびしいものがあるが、最も緊急を要する第一段階の公害対策(押号の一一二参照)として硫安増強案が提起され、これが承認されるに至つたこと

⑭ 被告人西村は、離任時の事務引継ぎに当つても、後任者被告人山田に対し、「特に申継ぐ事項」(押号の一五五参照)として廃酸等の処理対策を早急に実施する必要がある旨強調していること

⑮ 本件排水の拡散希釈についての弁解にもかかわらず、被告人西村の在任時四日市工場において本件排水の希釈実験がなされたことは全くなく、また、本件排水の魚類に対する影響について専門家の意見を徴したこともないこと

以上の事実が認められ、これを総合すると、被告人西村は、本件排水が水産動植物に悪影響を与え、船舶の腐食をもたらすおそれのあることを十分に認識したうえで、判示のとおり排出行為を継続していたことが明らかであつて、これに反する同被告人の弁解は措信できない。

3  次いで、被告人山田の故意について検討するに、前掲関係各証拠のほか、四日市工場生産第一部技術課作成の「海水の中和力について」と題する書面及び「酸性排水の拡散中和状況(各種顔料の拡散混合比較試験結果)」と題する書面等によれば、

① 「被告人山田は、かつて四日市工場次長の職にあり(一時はチタン部長を兼務)、酸化チタンの製造工程、それに伴う廃酸及び硫酸鉄の発生過程、発生量等の技術的事項について比較的明るく、当時硫安第二工場の建設にも関与し、その目的が廃酸の中和処理にあつたことを十分に認識していること

② 次長在任時、「四日市・鈴鹿水域」が指定水域に指定されるにあたりPH規制が排除された理由は、海水の緩衝作用が考慮されたこともあるが、当時、多量の廃酸を副生していたために規制の要否に深く関係する四日市工場がA廃酸及び硫酸鉄のほぼ全部を処理していた状況下において、関係官庁によりなされた水質調査結果等が参考とされ、また水質審議会現地聴聞会における被告人山田の上申により、薄廃酸の中和処理が技術的に著しく困難であつたことが斟酌されたためであつて、廃酸の有害性が否定されたことによるものではないこと

③ 被告人山田は、着任時、被告人西村からの事務引継ぎにおいて、「特に申継ぐ事項」として、廃酸処理の現状のほか、海水汚濁をめぐる四囲の情勢、特に漁業組合から苦情を受け、四日市海上保安部から酸性海水によつて船舶の冷却機関に腐食が生じうる旨警告されたことなどについて説明を受けるとともに、水島次長の転任に伴う事務引継ぎの際、同被告人自ら同次長より廃酸処理計画等について事務引継ぎを受けたこと

④ 着任後、大西次長又は下田工場長室付担当部長から、「公害面からみた硫酸鉄処理の緊急性(芒硝工場建設の主目的)」と題する書面により、酸化チタン増産後の水質悪化に対し漁業組合及び関係官公庁の四日市工場に対する態度が厳しくなつていることから、「芒硝製造の企業化には採算性、経済性をある程度犠牲にせざるを得ず、真のねらいが公害防止にあることから、硫酸鉄廃酸処理費を出す位の企業政策上の基本方針が望まれる」旨の上申を受けていること

⑤ 判示のとおり、昭和四四年八月に日本アエロジル株式会社が四日市海上保安部に検挙されたことを契機に、被告人山田は、四日市工場沖のPH値を実測させて汚染状況を把握するとともに、工場内に公害対策委員会を設置し、更に、同年九月末には「四日市工場排水規制の現況と対策」(押号の一五四)を取りまとめて本社公害対策委員会に提出し、これに基づき、水質基準設定の経緯、酸化チタン新工場操業開始以後の排水の悪化状況(廃酸排出量及び硫酸鉄排出量の試算結果を併記)、カーバイト中和の実施状況、本件排水に対する批難の実情等を詳述したうえ、四日市工場が当面する排水対策上の問題点を指摘し、「当工場の排水状況は酸化チタン工場増設以後悪化しており、廃酸放出量は前記日本アエロジルよりの塩酸の比ではなく、この点に追求が及ぶとすれば当工場は著しい窮地に立つことになり、延ては工場の操業自体も日本アエロジルの二の舞となりかねる要素を含んでおります」など、採算性を無視しても廃酸処理対策を早急に実施すべき客観的情勢に至つている旨上申していること

⑥ 被告人山田は、昭和四四年一〇月二日四日市海上保安部田尻宗昭警備救難課長から海水の緩衝作用を過信しないようにとの警告を受けたことがあり、また、その頃三重県知事から「公共用水質の保全について」と題する勧告書(押号の一一三)により、四日市工場排水口周辺の永域が表層で部分的に酸性が著しいことを指摘されたのに対し、硫安増強等の恒久策のほか、応急策としてカーバイト中和を強化するなどして排水口のPHを三重県条例の範囲内に到達しうるよう努力する旨回答していること

⑦ 被告人山田は、昭和四四年一〇月二九日付で各課責任者に対し「公害対策基本方針指示」(押号の一三四)と題する示達を発し、応急策の強化によつて「航路に達するまでにPH四以上にすること」を当面の目標として掲げたうえ、同年一二月からカーバイト中和作業を従来の一日一シフト制から三シフト制に改めたこと

⑧ 被告人山田は、本件排水は海上に排出されると、海水との比重の近似性から直ちに混和されながら海水の緩衝作用によつて急速に中和されている旨弁解するが、その根拠は、四日市工場生産第一部技術課長角田重男らの拡散希釈実験結果にあると思料されるところ、同実験は、四日市海上保安部に検挙された昭和四四年一二月一七日以後に実施されたものであり、それ以前に同種の実験がなされた形跡は全く窺えず、しかも右実験は、本件排水一〇ccを五〇〇ccの海水中に、毛細管を海水の中層に位置して注入した結果、比重の近似性から本件排水が海水の自然対流に乗つて移動しながら拡散中和されたというビーカーテストにすぎず、角田重男自身が明言しているとおり、これをもつて、海水と温度差のある本件排水が継続的に日量七万ないし一一万立方メートル排出される場合の拡散希釈状況を類推するに足るものではなく、同被告人もこれを認識していたこと

以上の事実が認められ、これを総合すると、被告人山田も、被告人西村と同様、本件排水が水産動植物に悪影響を与え、船舶の腐食をもたらすおそれのあることを十分に認識したうえで、判示のとおり排出行為を継続していたことが明らかであつて、同被告人の右弁解は措信できない。

二船舶被害の発生について

1  後記のとおり、港則法二四条一項違反の罪は抽象的危険犯であると解されるから、犯罪の成立に船舶被害の発生を必要としないが、本件排水の影響により船舶の機関等に腐食被害がもたらされたとすると、これは、本件排水の腐食性をより端的に示すものであるうえ、情状としても軽視し難いので、以下この点について検討を加える。

前掲関係各証拠のほか、〈証拠〉を総合すると、次のとおり、正常海域を航行している場合には到底考えられないような船舶被害の発生を認めることができる。

(一) 三州丸関係

三州丸は、昭和四一年に建造された総トン数三四三トンの平水タンカーで、主に名古屋港堀川運河をてい泊地とし、昭和四日市石油桟橋(以下昭石桟橋という。)・名古屋港九号地間(月平均一九回程度)、大協石油午起桟橋・三菱油化三田桟橋間(月平均九回程度)の荷役に従事し、四日市工場の酸性海城をひんぱんに航行していたが、同船においては、防食用の保護亜鉛板(冷却水通過部の主要なところに取り付けられ、自らが腐食を受けることにより、他の部分の腐食を抑制するもの。)冷却水ポンプの部品、冷却水パイプ等の腐食が甚だしく、特に右午起桟橋・三田桟橋間の荷役を開始した昭和四四年末から昭和四五年八月までの間は(四日市工場の廃酸排出状況はこのころまでほとんど改善されていなかつた。)、その程度が一層激しくなり、通常少なくとも、四、五年は使用に耐え得る冷却水ポンプ部品を一年間に数回も取り替えざるをえない状態であつた。

昭和四五年九月に押収された冷却水ポンプ部品の旧品一組(押号の五六ないし六〇)の腐食状況をみると、全般的に腐食が著しく、特に弁棒には直径16.9mm・深さ2.9mm、直径10.1mm・深さ4.6mmの二つの大きな孔食が発生し、線径三mmのスプリングは約1.3mmまで腐食し、ベット弁には点食状の激しいエロージョン腐食が生じている。

(二) 第二二芳江丸関係

第二二芳江丸は、昭和四一年一〇月に建造された総トン数四九九トンの平水タンカーで、主に四日市港第三区をてい泊地として昭石桟橋・名古屋港九号地間(月平均一五回程度)の荷役に従事し、四日市工場沖の酸性海水をひんぱんに航行していたが、同船においては、特に冷却水パイプの腐食が著しく、破孔がよく生じるため、通常ではほとんど必要のない応急処理用の接着剤デプコンを常備しているほどであつた。

昭和四五年九月に押収された補機冷却水パイプ接手部(押号の九六)・砲金管と銅管とを鉄製ピースで接続している部品で、厚さは一ないし二mmである。)は、昭和四四年九月上旬ころに取り替えた新品(通常、耐用年数は四、五年以上とされている。)が昭和四五年三月二一日に破孔したためにデブコン修理を施して継続使用していたものであり、また、これと同様の構造になつている主機過給機冷却水パイプ接手部(押号の九五)も、ほぼ右と同様の期間内に破孔が生じたものである。

(三) 第三信宝丸関係

第三信宝丸は、昭和三九年六月に建造された総トン数二七八トンの平水タンカーで、主に四日市港旧港をてい泊地とし、大協石油四日市工場又は昭石桟橋・名古屋港九号地間の荷役に従事し、昭石桟橋の荷役の場合には四日市工場沖の酸性海水を航行していたが、同船においては、冷却水通過部全般にわたつて激しい腐食を受け、一年間に数回も冷却水ポンプ部品を取り替えたり、冷却水パイプの破孔を修理せざるを得ない状態であり、そのほか、シリンダー排気弁箱通水部、オイルクーラーの通水銅管及び鏡板(これには保護亜鉛板が取り付けられているため、正常海水中であれば鋳鉄製の鏡板まで腐食されることはありえない。)、過給機ケージング通水部(押号の九七)に破孔が生じたりした。

昭和四五年九月に押収された冷却水ポンプ部品(取り替え済みの旧品)一組(押号の九八)は、全面的に激しい腐食を受け、特に弁ガイドの一部には点食が発生している。

(四) 第五正栄丸関係

第五正栄丸は、昭和三九年ころに建造された総トン数約三九〇トンの平水タンカーで、第三信宝丸とほぼ同様の運航状況にあつたものであるが、同船においては、シリンダー排気弁箱通水部(排気弁と弁棒とが摺動する部分を冷却するために、その外周部に冷却水を通しているところで、鋳鉄製である。)が激しい腐食を受け、昭和四三年九月ころから昭和四五年一〇月ころまでの間に、全九個の排気弁箱に延べ一一回にわたつて破孔が生じて漏水し、その都度排気弁箱を取り替えたり、通水部にブッシュをはめ込むなどの修理が行なわれた。

2  右のとおり三州丸、第二二芳江丸及び第三信宝丸から押収された機関部品の腐食原因について、東北大学名誉教授下平三郎の鑑定がなされたが、その方法は、対象物の環境条件、使用状況、腐食期間等の前提条件を検察官から与えられ、これをもとに自己の腐食理論を展開し、更に対象物の腐食生成物の状況を仔細に観察することにより腐食原因を推定するというものであり、その結果、昭和五二年八月一五日付及び昭和五三年二月二八日付各鑑定書(以下、これを鑑定書Ⅰ、Ⅱという。)が作成され、更にこれの真正な作成について証言がなされたところ、弁護人は、右鑑定書及び証言の信用性について縷々論難するので、これについて検討することとする。

(一) 環境条件について

弁護人は、本鑑定は、前記関係各船舶が四日市港ばかりでなく、他の海域、とりわけ汚染海域として有名な名古屋港をひんぱんに航行していた事実を無視しているもので、腐食原因を推定するための科学的合理性に欠ける旨主張する。

なるほど本鑑定が対象物の環境条件として四日市港のみを考えていたことは確かであるが、海水による異常腐食の原因としては、通常汚染海水の影響が最も多いとされてるところ、本鑑定は、その過程において汚染海水による腐食の可能性についても十分な検討がなされ、また脱亜鉛腐食の可能性についても、これを念頭においたうえで結論が導き出されたものであるから、右批難は当らず、一応の合理性は具えていると言うべきである。

(二) 使用条件の把握について

弁護人は、本鑑定は対象物の構造を十分に把握せずにされていると論難する。

確かに鑑定人が第三信宝丸・過給機ケージング(押号の九七)の構造を誤解したために、同部品の排気ガス通過部に酸性海水による黒鉛化腐食が生じていると結論付けたことは見受けられるが、ほかには鑑定結果を左右するような基本的な誤りは全く認められず、肉眼による金属表面の観察のみから腐食原因を推定することが著しく困難である(右ケージングは、当該箇所を実体顕微鏡によつて観察できない構造になつている。)ことに照らすと、右過誤をもつて直ちに本鑑定全体の信用性を失わしめるものと考えるのは相当でない。

(三) 腐食期間について

弁護人は、右鑑定人は証拠上認め難い一定の腐食期間を前提にしていると論難する。

鑑定書Ⅰが前提とした腐食期間は、三州丸・冷却水ポンプ弁一組が昭和四五年三月一一日から同年八月二八日までの一七〇日間、同・冷却水ポンプベッド弁が昭和四五年二月三日から同年三月一五日までの四〇日間、第二二芳江丸・主機過給機冷却水パイプ接手部が昭和四四年九月八日から昭和四五年三月四日までの一七八日間であるところ、第二二芳江丸・接手部の腐食期間は、ほぼ前記1・(二)の認定どおりであり、三州丸関係の鑑定対象物については、押収されるまで同船内の道具箱に保管されていたことからして鑑定書Ⅰのように厳密に確定することはできないにしても、前記1・(一)のとおりひんぱんに各部品を替えたり、修理していたことは明らかなところであつて、しかも機関日誌によれば、対象物との同一性はともかく、冷却水ポンプ弁一組、同ベッド弁がいずれも本鑑定が前提とした所要日数内に腐食されていることが認められるのであるから、前記腐食期間は概ね右腐食の実状にそうものと判断でき、特に酸性海水と汚染海水との間には腐食力に著しい相違があることに鑑みると、鑑定書Ⅰは十分に合理性をもつものと言える。

(四) 推論過程及び鑑定結果について

弁護人は、本鑑定は、その推論の過程において実験データの引用、判断を誤り、対象物の一部については鑑定結果の著しい変更がなされていると論難する。

なるほど、本鑑定が、腐食の一般理論を展開するに当たり、PH変化による黄銅の腐食傾向を示すためのデータの引用を誤り、また軟鋼の腐食度を算出するためのデータを誤読していることは認められるが、前者については、誤用データのほかに二例の同様データが示され、これによつて本鑑定が展開する腐食傾向は十分に把握することができ、後者についても、誤り自体微妙であるうえ、その後に補正されているのであるから、いずれの過誤も本鑑定の結論に影響を及ぼすほどのものではないと言うべきである。

また、第三信宝丸・冷却水ポンプ部品一組の腐食状況について、鑑定書Ⅰ、Ⅱの間に記載内容の不一致があり、結論の変更があるような表現となつているか、対象物を観察すれば部分的に著しい腐食が生じていることは明らかであつて、両鑑定書ともに鑑定結果においては、酸性海水により腐食が生じたものと結論付けけているのであるから、鑑定書Ⅱの見解は鑑定書Ⅰの見解を変更したものではなく、それを補充したとみるのが相当である。

そのほか、弁護人は、本鑑定が展開する腐食理論自体に矛盾があるなどと主張するがこれも弁護人の曲解又は誤解に基づくものであつて首肯し難く、結局、両鑑定書及び証言は十分措信しうるものと判断される。

3  そこで、両鑑定書及び右証言を総合すると、前記1の船舶被害のうち少なくとも鑑定の対象となつた押収物、即ち三州丸・冷却水ポンプ部品一組(押号の五六なしい六〇)、第二二芳江丸・冷却水管接手片二組(押号の九五、九六)及び第三信宝丸・冷却水ポンプ部品一組(押号の九八)に、いずれも本件排水(又は昭和四四年一二月一七日以降の四日市工場排水)に基づく酸性海水の影響により腐食されたものと認められる。

しかしながら、弁護人は、これについて、右の腐食原因は名古屋港及び四日市港の汚染海水にあり、特に三州丸・冷却水ポンプ弁棒の二つの孔は汚染海水による脱亜鉛腐食によつて生じたものであると主張するので、これを検討するに、関係証拠によれば、名古屋港及び四日市港の一部が有機物等に汚染されていて、硫化水素の影響により正常海水と比べて腐食力の強い環境となつていることが認められ、腐食原因としてかかる汚染海水による可能性も一応考えられなくもないが、他方、右鑑定書等関係各証拠によれば、(1)汚染海水とPH三ないし四の酸性海水との間には腐食力において著しい相違があり、例えば三州丸・弁棒の孔(最大深さ4.6mm)が形成されるまでの期間は、汚染海水中(判示第一二・一・5・①記載のとおり汚染海水中での砲金の孔食腐食度は、流速一ないし二m/Sのときに0.15ないし0.22mm/yにすぎない。)では少なくとも二〇年を必要とするのに対し、酸性海水中(判示一二・一・5・①記載のとおり、PH三の酸性海水中の砲金の孔食腐食度は、流速一m/Sのときに12.6ないし75.6mm/yである。)ではわずか二〇ないし一三〇日で足りること(なお、三州丸・スプリングの腐食が形成されるまでの期間も、汚染海水中では孔食腐食度によつても約四年が必要である。)(2)三州丸及び第三信宝丸の冷却水ポンプ部品一組の腐食生成物の状況は、いずれも内層が白緑色さび、外層が黒色さびの二重構造となつており、酸化水素の影響を受けた場合に生ずるものとは明らかに異なつていること(3)亜鉛、スズなどの金属は酸化水素の影響によつてかえつて腐食が抑制されるため、保護亜鉛板の腐食が激しくなることはほとんどありえないが、三州丸や第三信宝丸にあつては保護亜鉛板の腐食が著しかつたこと(4)脱亜鉛腐食は、亜鉛を含む銅合金において、亜鉛のみが腐食されて溶出し、銅が残留して多孔質となるものであるから、亜鉛を含有しない(又は含有してもその比率が小さい)砲金に脱亜鉛腐食が生じることはありえないこと等の事実が認められ、以上を総合して判断すると、右の腐食原因は名古屋港又は四日市港の汚染海水ではないことが明らかであるから、弁護人の右主張は理由がない。

(弁護人の主張に対する判断)

一公訴棄却の申立について

弁護人は、本件は、捜査にあたつた四日市海上保安部警備救難課長田尻宗昭が、昭和四四年一〇月二日行政指導を求めて来訪した被告人山田らから、所定の押収手続を経ることなく、あたかもこれを指導上の参考資料として使用するかの如く装つて同被告人らの持参した海上PH測定図面を詐取したり、或いは、本件排水による四日市港内の海水汚染状況について証拠収集を行なうに際し、意図的にPH値の低いもののみを採取するなど、その捜査手続には重大な違法行為があり、これらの証拠に基づいて公訴提起がなされたものであるから、本件公訴は棄却されるべきである旨主張する。

しかしながら、前掲関係各証拠によれば、右海上PH測定図面(押号の一五七)は、被告人山田が四日市海上保安部を訪れた際、これを提出すれば同保安部の行政指導を仰げるものと勝手に思い込んで差し出したものにすぎず、その際、右田尻宗昭により欺罔手段が弄された事実は全く認められないところであり(〈証拠〉)、また、四日市海上保安部による海水採取については、まず採取したものすべてについてPH試験紙を使用して測定し(その結果もすべて実況見分調書に記載してある。)、より正確な測定値を得るために名古屋市工業研究所に分析依頼する段階において、捜査経費の都合上対象物を限定して比較的PH値の低いものを分析依頼したにすぎないものであることが認められる。したがつて、所論の点につき何ら違法のかどは見出し難く、そのほか記録を精査しても本件公訴を無効ならしめるような違法の点は全く発見できないので、弁護人の右主張は理由がない。

更に、弁護人は、判示第一の犯行は、単なる届出義務の違反であつて、許認可事項の無届出と異なり犯情が極めて軽微であるうえ、酸化チタン新工場完成直後には届出が履践されているから起訴の必要がなかつた事案であり、また、判示第二の各犯行は、水質保全法によるPH規制が未だ実施されていないときの事案で、しかも、検挙後四日市工場においては、巨額の資金を投じて排水処理施設を完成させ、昭和四五年一〇月一日施行の新たな水質基準に適合しうる排水状態に改善したのであるから、本件事案とほぼ同種の日本アエロジル事件が昭和四五年一一月一三日に起訴猶予処分とされたことの均衡上、本件についても当然起訴猶予されるものと予想されていたところである。ところが、そのような結果になることを恐れ、これを政治問題化して起訴せざるを得ない状態に持ち込まんと意図した前記田尻宗昭によつて、本件証拠物の一部が国会議員に提供され、昭和四六年一月二九日衆議院予算委員会の場において、通商産業省の四日市工場に対する工場排水の指導状況が追求、批難されるに至つたため、これを契機に本件が起訴されたものである。このように本件は、元来起訴猶予が相当な事案であつたのに田尻宗昭の強烈な起訴処罰志向に引きずられて敢て起訴したものであるから、公訴権の濫用であり、本件公訴は棄却されるべきである旨主張する。

しかしながら、判示のとおり、第一の犯行は、監督官庁による事前の汚水処理審査を回避し、判示第二の各犯行に至る大きな契機となつた事案であつて、事後の届出も監督官庁の叱責を受けてようやく履践したものにすぎないから、その法定刑が罰金刑のみである点を考慮してもなおその犯情は軽視し難いものがあり、また、第二の各犯行は、周囲から度重なる苦情又は警告を受けながら、廃酸等の処理対策を講ずることなく漫然と酸化チタンの操業を継続することにより、有害な排水を約一年五ケ月にわたつて四日市港内に流し続けたもので、これが及ぼす影響を考慮すると、犯情悪質といわねばならず、所論の排水処理設備建設の点も、新たなPH規制のもとで酸化チタンの操業を継続するためには当然なさるべき性質のものであつたことは否定できないところであるから、これら本件事案の内容、犯情等に照らすと、本件が明らかに起訴猶予を相当とする事案であるとは考えられない(なお、日本アエロジル事件の概要や同事件が起訴猶予とされるに至つた理由等は必ずしも明らかではないが、本件は、犯情として重要な排水量において、右事件と比較し、極めて多量であることが証拠上窺えるものであるから、この一事からしても両者を同種の事犯とみることは相当でない。)。

したがつて、所論のような国会審議が行なわれ、本件に絡んで通産行政が批判されたため、これを契機として本件が起訴されるに至つたとしても、これをもつて公訴権の濫用にあたるとは到底言い難く、そのほか一件記録に徴しても、本件公訴が明らかに公訴権の濫用にあたると認むべき事情は発見できないので、弁護人の右主張も理由がない。

二特定施設該当性について

弁護人は、判示第一の部分について、別紙「無届設置の特定施設一覧表」記載の各施設が特定施設に該当するためには、(1)通常の操業状態においても直接汚水等を排出する(2)加水分解施設又は洗浄施設である、との二要件を充足することが必要であるとし、同表1、2の加水分解槽二基は、通常の操業状態においては汚水等を排出しないものであり、同3、4、8のピック槽三基は洗浄施設ではなく、濾過施設であり、同5、6、7の第一次洗浄槽三基はムアーリーフを経由して汚水等を排出するもので、直接汚水等を排出することはなく、同9、10、11、12の第二次洗浄槽四基はほとんど清水に近いものを排出するにすぎず、しかもこの排水は第一次洗浄槽に送液されて再使用されるものであり、そして、同13、14のロータリーバキュームフィルター二基及び同15のフィルタープレス一基はともに濾過施設であつて、酸性水を排出するものではないから、以上いずれの施設も特定施設に該当せず、したがつて、これの設置にあたり届け出る義務はない旨主張する。

そこで検討するに、工排法は、特定施設設置者に各種の届出義務を負わしめ、これの履行により監督官庁が特定施設及び汚水処理方法等の実態を把握し、汚水処理方法等に不備のあるときには各種の行政措置を講じてこれを是正し、もつて工場における汚水処理を適切ならしめて公共用水域の水質の保全を図ろうとするものであるから、かかる工排法の立法目的、規制方法等に照らすと、同法二条二項が特定施設の要件として定める「汚水等を排出するもの」とは、通常の操業状態の下で汚水等を排出するもののみに限定される理由はなく、例えば修理又は掃除など当該施設の維持管理上汚水等を排出する可能性があり、したがつて、右と同様に汚水処理を規制する必要のあるものをも含むと解すべきである。このことは、法の定める右要件を受けて、業種別に特定施設となるものを具体的に指定する工排法施行令別表において、例えば同表九の「電解そう」、同一一の三の「反応施設」のように、通常の操業状態下で汚水等の排出がなくとも、操業条件の如何によつては汚水等を排出する可能性のある施設が指定されていることに照らしても明らかなところである。

そして、右施行令別表の指定は、製造業等の用に供する施設のそれぞれの機能に着目してなされたものと考えられるので、同表一〇に指定されている酸化チタン製造施設中の「加水分解施設」又は「洗浄施設」とは、加水分解又は洗浄の機能を有する施設をいい、かかる機能を有するものでさえあれば、その名称の如何を問わず、また他の機能を併せもつものであつても、これを右の施設というに妨げない。

これを本件についてみると、まず一覧表1、2の加水分解槽二基は、判示のとおり、加水分解機能を有する施設そのものであり、通常の操業状態下で汚水等を排出しなくとも、加水分解槽内で生成されたメタチタン酸と廃酸との混合母液を送液するパイプが詰つてこれを修理するときには、予備パイプを使用して右母液をチタン幹線排水溝に排出するものであるから、汚水等を排出する可能性のある加水分解施設ということができる。

次いで、一覧表3ないし12のピック槽三基、及び洗浄槽七基は、判示のとおり、メタチタン酸を濾過、洗浄する工程における一連の施設であり、いずれも同一の建屋内に設置されて同一の形状を具え、汚水等の処理も一括して実施されるべき性質のものであるから、相互に密接な関連性を有する一体の施設とみるのが相当である。したがつて、これを全体的に観察して特定施設か否かを判断すべきところ、その機能をみると、再度の洗浄を行なうために第二次ピック槽(これは、メタチタン酸を濾過する機能をもつが、それ自体に意味のあるものではない。濾過を目的とするのであれば、第一洗ピック槽でその目的は達成されているので、第二次ピック槽は必要でなくなる。)及び第二次洗浄槽が設けられていることに端的にあらわれているように、主たる機能はメタチタン酸の洗浄にあると認められるから、個別的に濾過施設のみを有する第一次ピック槽(これとても、洗浄のために必要不可欠の前提施設とみることができる。)が含まれているとしても、施設全体を洗浄施設ということができる。また、汚水等の排出についてみると、第二次洗浄槽を除く各槽からA廃酸又はB廃酸が、付属施設たるムアーリーフに接続するホースを通じて工程外へ排出されるものであるから、第二次洗浄槽の汚水(汚染の程度はともかく、洗浄用水として使用されたものである以上、汚水であることにかわりはない。)が直接工程外へ排出されないとしても、施設全体を、汚水等を排出するものということができる。以上から明らかなとおり、右施設は、全体として一連の、汚水等を排出する洗浄施設と判断される。

更に、一覧表13、14のロータリーバキュームフィルター二基及び同表15のフィルタープレスは、判示のとおり焼成工程で生成された酸化チタンを製品化するための仕上げ段階において、前者が表面処理された酸化チタンを洗浄、濾過して添加剤等を洗い落とし、後者がこれを再びスラリー化したものを更に濾過することにより、製品化するための最終的な洗浄を行なうものであるから、ともに濾過機能を併せもつ洗浄施設ということができる。そして、これらの施設は、所論の如く酸性を帯びていないとしても、浮遊物質量(SS)規制の対象となる酸化チタンを含む汚水等を排出するものであるから、汚水等を排出する施設ということができる。

もつとも、右の汚水は、排出後一旦ドルシックナーに送液され、ここで酸化チタンが沈澱、回収された後にその上澄み液が排出される仕組みとなつているが、これは汚水処理方法の問題(同法四条六号参照)であつて、特定施設の要件にかかわるものではないので、このような仕組みとなつていることの故に右の結論が左右されることはない。したがつて、これらの施設はいずれも汚水等を排出する洗浄施設と判断される。

以上のとおり、一覧表記載の各施設がいずれも特定施設に該当することは明らかであるから、弁護人の右主張は採用しない。

三公訴時効の成否について

弁護人は、判示第一の犯行について、まず工排法四条が、特定施設の設置又は変更につきあらかじめ届出を必要とした趣旨は、監督官庁の行政指導の機会をつくることを目的としたものであるから、同法八条との関連上、同法二四条の不届出罪は「特定施設を設置しようとするとき」(以下「設置」という。)の六〇日前までに届け出ないことによつて成立し、かつ、その日時の経過によつて届出義務の消滅する即成犯であると解し、更に、右「設置」の意義を、当該特定施設と一体化して有機的機能をはたす関連諸設備を含めた工事全体の着手時点、即ち杭打開始時をいうものと解したうえ、本件の場合、工事全体の着手時点は、最も早期に着工した酸化チタン第二B1工場の杭打開始時が昭和四二年一一月二一日であるから、その六〇日前に届出がなされなかつたことによつて本罪が成立し、それと同時に届出義務も消滅しているものであり、したがつて、右時点から起算して三年を経過した昭和四五年九月二三日をもつて本罪の公訴時効は成立している旨主張する。

まず、公訴時効の成否を論ずる前提として、工排法二四条の不届出罪の成立時期を検討するに、同法四条とこれに関連する同法八条一項の文理のみからすると、所論のように「設置」の六〇日前までに届出をしなかつたときは本罪が成立するものと考えられなくもない。しかしながら、同法八条一項は、同法四条による届出の時期を「設置」の六〇日前までとする一方、これに違反し届出受理の日から六〇日以内に「設置」したときには同法二五条二号により、不届出罪より軽い三万円以下の罰金に処せられることになつている。これは「設置」を基準にして考えてみると、「設置」の六〇日前から「設置」までの間に届出がなされた場合の処罰規定にほかならないから、この罪との権衡上、何ら届出をしなかつた場合の処罰規定である不届出罪は、八条一項違反罪の成立する可能性がなくなつた時点、即ち「設置」時に至つてはじめて成立するものと解するのが相当である。

次に、公訴時効の成否に関し、本罪が、犯罪の成立とともに届出義務の消滅するいわゆる即成犯であるか、それとも犯罪成立後もなお届出義務の存続するいわゆる継続犯であるかについて検討するに、工排法は、工場等における汚水処理を適切ならしめる手段として、各種の行政措置を定めているが、これを具体的にみると、監督官庁は、特定施設の設置に際し汚水処理計画の変更命令等(同法七条参照)を発することができるばかりでなく、特定施設の設置後においても、汚水処理方法の改善命令及び特定施設使用停止命令(同法一二条参照)、立入検査(同法一四条参照)、報告の徴収(同法一五条参照)等の権限を行使することができるところ、このような事前・事後の行政措置が有効、適切に発動されるためには、まず監督官庁において常に特定施設及び汚水処理方法等の実態を把握しておく必要があるから、そのために、同法四条が特定施設を設置する際の届出義務を定めたものと解される。したがつて、特定施設の無届出設置によつて本罪が成立し、同法七条所定の事前の行政措置を講ずる機会が奪われた場合であつても、事後の行政措置を発動するために、その前提として特定施設等の実態を把握しておくことが必要であつて、同法五条が既存の特定施設設置者に対し設置後の行政措置の必要上、新たな指定水域の指定に伴う届出を義務付けていることに照らしても、同法四条の届出義務は、特定施設の存続する限り継続するものと解するのが相当である。したがつて、本罪はいわゆる継続犯で、その公訴時効は届出義務の履行によつて義務の消滅した時から起算すべきことになる。

これを本件についてみると、判示のとおり特定施設設置の届出は昭和四三年八月二〇日に履践されているものであるから、本件起訴当時(昭和四六年二月一九日)未だ公訴時効は完成していなかつたことが明らかである。よつて、弁護人の右主張は採用しない。

なお、この結論は、「設置」の意義をどのように解しようともかわりのないところであるが、「設置」とは、特定施設それ自体の据付を開始したとき、と解するのが相当であり、したがつて、判示第一の犯行の既遂時期は、別表「無届設置の特定施設一覧表」中、「設置年月日」欄記載のとおりとなる。この点に関する弁護人の見解は、広きに失し、かつ、行政目的を重視する余り文理を大きく逸脱しているから採用しない。

四三重県漁業調整規則及び港則法の不適用論について

弁護人は、判示第二の犯行について、生産活動そのものに直結して不断に流出する工場排水を規制する場合には、許容基準の一義的明確性は必要不可欠の要件であるから、工場排水に対しては、水質規制に関する基本法たる水質保全法及び工排法(以下、これを水質二法という。)による一元的規制がなされるべきであつて、他の立法目的に基づく法令の便宜的容かいは許されず、本件排水に三重県漁業調整規則(以下規則という。)及び港則法の適用はない旨主張する。

そこで検討するのに、水質二法が、指定水域を指定して具体的な水質基準を設定し、工場排水が当該水質基準に適合しない場合には、まず改善命令等(工排法一二条参照)を発動し、これに従わない場合にはじめて処罰(同法二三条参照)する方式をとり、もつて、生活環境の保全を図る反面、漁業活動との調整を図り、明確な許容基準の遵守による生産活動の安定継続を保障しようとしていたことは所論のとおりであるが、このことの故に他の法令の適用が排除されなければならない根拠は、法文上も又実質的にも見出すことはできない。けだし、右と異なる重要な利益がほかに存し、これを保護するために他の法令が定められている場合には、工場排水といえども、その規制の対象となるのは当然だからである。

ところで、規則は、漁業法にいう海面及び内水面をその対象とし、漁業調整等を図るために各種の規定を設けるほか、三五条において有害物の遺棄漏せつの禁止規定をおき、その違反に対しては直罰主義をとることにより、水産資源の保護、培養を図ろうとするものであり、また、港則法は、政令指定港をその対象とし、各種の交通取締規定を設けるほか、水路の安全を守るために、自然犯的性格をもつ二四条一項をおいて廃物の遺棄を禁止し、その違反に対しては規則と同様直罰主義をとり、もつて、港内における船舶交通の安全及び港内の整とんを図ろうとするものであつて、ともに、水質二法とは異なる立法目的を有し、しかもそれによつて保護しようとする利益も社会生活上極めて重要なものであるうえ、規制対象、規制方法、処理方式等あらゆる面において水質二法とは性質を異にするものであるから、本件排水について、水質二法の存在により規則及び港則法の適用が排斥される理由は全くなく、弁護人の右主張は失当である。

なお、弁護人は、規則不適用の一論拠として規則三五条三項の存在を挙げ、同項は工排法との調整をはかる規定であるから同条二項ばかりでなく同条一項の適用も排斥されないと、その趣旨が首尾一貫しない旨主張する。しかし、かかる解釈は同条三項の文理に反するのみならず、同項が二項に定める除害設備設置命令等の適用を排斥した趣旨は、根拠の異なる二つの行政措置が同一の者に対し発動されることによつて予想される監督官庁又は受命者側の混乱を回避し、行政措置をより柔軟ならしめるため、工場排水に関する基本法たる工排法に基づく行政措置に委ねたものにすぎないと解せられるので、この点からも採用できない。

五本件排水の有害性について

弁護人は、判示第二の犯行につき、規則三五条一項にいう「有害なもの」であるか否かは、当該物質自体の性質のみによつて決せられるべきではなく、その量、遺棄された水域の状況、遺棄されたもののその後の動向、棲息する水産動植物の種類、漁業又は繁殖生育場としての重要性等の諸事情を総合的に判断して、明らかに、水産動植物を死滅に至らしめ、又はその成長を阻害して繁殖保護に著しい害を与えたと認められる場合にはじめて同項違反の罪が成立するとの見解を前提として、本件排水は、排出後直ちに拡散中和され、本件排水による水産動植物の斃死又は魚類の逃避等の漁業侵害は皆無であつたから、「有害なもの」に該当しない旨主張する。

そこで検討するのに、「水産資源の保護培養」等を図るとの立法目的からすると、規則三五条一項にいう「水産動植物に有害なもの」とは、水産動植物を斃死させ、その成長を阻害し、又は産卵や種苗等の育成に悪影響を及ぼすようなものは勿論、漁類の来遊を阻害し、又は汚染等により魚の市場物価を著しく減少させるに至るものをも含むと解するのが相当である。そして、同項違反の罪は、有害なものを遺棄することによつて直ちに成立し、実害の発生まで必要としないことは文理上明らかであるから、遺棄されたものが有害なものであるか否かは、原則として遺棄されたもの自体の性質によつて判断すれば足り、ただ例外的に、海水の浄化作用等によつて有害性を直ちに喪失し、構成要件的定型性を欠くに至る余地も全くないわけではないので、この観点から、遺棄されたものの量、遺棄された水域の状況、遺棄されたものの拡散希釈状況等の諸事情が考慮されるにすぎないと考えるべきである。

これを本件についてみると、判示認定のとおり、本件排水はPH約二の酸性水で、かつ相当量の硫酸鉄を混入しているものであつて、日量約一八万立方メートルもの量が継続的に排出されることによつて、直ちに拡散中和されることなく、四日市工場沖の海域を常時PH二ないし四の酸性域たらしめるとともに、更に広い海域にわたつて溶存酸素を減少させるものであるから、その影響により魚類の来遊を阻害し、場合によつてはその斃死をもたらすおそれのあることは明らかであつて、本件排水は「水産動植物に有害なもの」に該当するものというべく、弁護人の右主張は採用しない。

六本件排水の廃物性について

弁護人は、判示第二の犯行について、港則法二四条一項にいう「その他これに類する廃物」といいうるためには、同項の掲げる例示物に照らし、その事物の本性として物理的作用によつて船舶交通の安全を阻害するものであることを要し、かつ、同条三項に除去命令を定める趣旨から、除去の対象となりうるもの、即ち海水と分離して回収することの可能なものに限ると解すべきであるから、本件排水はこれに該当しない旨主張する。

そこで検討するのに、港則法は、「港内における船舶交通の安全及び港内の整とんを図る」(同法一条参照)ことを目的として、第五章「水路の保全」のなかに二四条一項を設け、「バラスト、廃油、石炭から、ごみその他これに類する廃物」の遺棄を禁止したものであるから、「その他これに類する廃物」とは、右目的に照らし、船舶交通の安全及び港内の整とんを阻害する点において、規範的に考察して右例示物と同価値を有するものと解すべきであつて、必ずしも物理的作用それ自体によつて船舶交通の安全等を阻害するものに限るべき必要性はなく、いわんや回収可能物に限定される理由もない。そして、右例示物の性質を考えると、(1)航路の水深を減少させる(2)船舶の推進器にからみつき、或いは機関の冷却水取入口を塞いで船舶の機能を阻害する(3)引火の危険性をもつ点に、その遺棄が禁止された実質的理由があると思料されるところ、これを本件についてみると、判示のとおり、本件排水はPH約二の酸性水であつて、一日約一八万立方メートルもの量が継続的に四日市港内に排出されることにより、四日市工場沖の海域を常時PH二ないし四、即ち正常海水に比べ数十倍ないし数百倍の腐食力をもつ酸性環境となさしめ、このためこのような海水を冷却水として取水した船舶の関係機関に著しい腐食被害をもたらし、船舶の機能を阻害するおそれがあるから、規範的にみて右例示物と何ら異なるところはない。もつとも、右例示物が即時的であるのに比べ、本件排水はそれよりも長い時間の化学的作用により船舶機能の阻害をもたらすものであるが、この点は、規範的に同価値であるかを判断するにあたつては本質的な差異をもたらすものではないと言うべきである。けだし、港に出入りする船舶、とりわけ港内を航行する機会の多い曳船や平水タンカーにとつては、それが即時的にもたらされるものであるか否かを問わず、船舶の機能を阻害するかどうかが重大な関心事であつて、船舶の機能を阻害するものが存在する場合には、船舶は当然これを避けて航行又は停泊するようになつて、船舶交通の安全、秩序に障害を及ぼし、港の正常な機能や運営を阻害し、港内の整とんを害する事態に立ち至るおそれがあることは明らかであり、この点において、右例示物と本件排水とは本質的に異るところがないと考えられるからである。

以上説示のとおり、本件排水は港則法二四条一項にいう「その他これに類する廃物」に該当するものと判断されるので、弁護人の右主張は採用できない。

(なお、付言するに、弁護人は港則法二四条一項違反の罪は具体的危険犯であると主張するが、同項の文理、刑法一二五条二項所定の往来危険罪との関係に照らすと、本罪が抽象的危険犯であることは明らかである。)

(法令の適用)

被告人西村大典の判示第一の所為は、水質汚濁防止法附則五項により包括して工場排水等の規則に関する法律(以下工排法という。)二四条、四条に、判示第二の一の所為中、水産動植物に有害なものを遺棄した点は三重県漁業調整規則(以下規則という。)六三条一号、三五条一項に、廃物を捨てた点は港則法四一条二号、二四条一項にそれぞれ該当するが、判示第二の一の所為は一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段一〇条により一罪として重い規則違反の罪の刑で処断することとし、同罪につき所定刑中懲役刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四八条一項により判示第二の一の罪の懲役刑と同第一の罰金刑とを併科することとし、その所定刑期及び金額の範囲内で、同被告人を懲役三月及び罰金五万円に処し、同法一八条により右罰金を完納することができないときは、金二、〇〇〇円を一日に換算した期間同被告人を労役場に留置し、情状により同法二五条一項を適用して、この裁判確定の日から二年間右懲役刑の執行を猶予する。

被告人山田務名の判示第二の一の所為中、水産動植物に有害なものを遺棄し点は規則六三条一号、三五条一項に、廃物を捨てた点は港則法四一条二号、二四条一項に該当するが、右は一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段、一〇条により一罪として重い規則違反の罪の刑で処断することとし、所定刑中懲役刑を選択し、その刑期の範囲内で同被告人を懲役三月に処し、情状により同法二五条一項を適用して、この裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予する。

被告人西村大典及び同山田務名はいずれも被告人石原産業株式会社の従業員であつて、被告会社の業務に関し判示の各違反行為をなしたものであるから、判示第一につき水質汚濁防止法附則五条、工排法二六条、二四条を、同第二の一、二につきいずれも規則六五条、六三条一号、港則法四五条、四一条二号を適用して被告会社を処断すべきところ、判示第二の一、二はいずれも一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段、一〇条により一罪として重い港則法違反の罪の刑で処断することとし、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四八条二項により各罪所定の罰金合算額の範囲内で被告会社を罰金八万円に処することとする。

訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条により、主文五項のとおり各被告人に負担させることとする。

よつて、主文のとおり判決する。

(平野清 川原誠 坂井満)

別紙〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例